「こりゃあ、ひと雨きそうだな。ああ、かさ、持ってやるよ」
無造作に突き出されたその手――ようやく拳と解かれたその手に、アコはかさをわたします。
そして、あれほどにつなぎたいと思ったシン公の手にふれることなく、アコは手を引っこめました。
きょうの町並みは、少すこ色あせて見えます。お日さまがかくれているせいなのでしょうが、それだけではないようです。
子どもあつかいをするシン公が、憎たらしく思えているせいなのです。
三つ年上のシン公です。
中学生になったばかりのアコと、高校に行ってしまったシン公。
追いつけないのがくやしい、アコなのです。
シン公がとつぜん立ち止まり、アコのうしろに回りました。
そしてアコの背中に、人さし指で、なにやら書きはじめました。
「イヤ~ン! くすぐったい!」
アコは背中をそらして、シン公にやめて! と、言いたげです。
「こらっ! 動くなよ。なんて書いたか、わかるか?」と、言います。
「えっ!?もう一度、書いてみて。」と、アコはシン公にせがみました。
シン公は、ねんいりに、力をこめて書きます。
その小さな背に、大きくゆっくりと、シン公は書きます。
アコは、慎重に、一つ一つを口にします。
「ア ・ メ ・ ガ ・ フ ・ ル」
「はいっ、ご名答! じゃ、次だ!」
「ハ ・ ラ ・ ペ ・ コ ・ ペ ・ コ ・ 、やーい、くいしん坊!」
アコは、思わずうしろをふりむきました。
シン公は、白い歯をみせてわらっています。
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