昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港] (三十八)

2016-04-19 09:15:42 | 小説
 放心状態の麗子だった。
どうして、どうして‥‥という言葉だけが、渦巻いている。

男にしてみれば、理解のできない麗子の行動だった。
麗子に対する未練はある。
愛情が全く消えた訳でもない。
しかしミドリの顔が浮かんだ時、男の気持ちの中で何かが弾けた。

 ミドリにすまないという気持ちが湧いた。
ミドリとの一線を越えたわけでもなく、約束を 交わしたわけでもない。
男としてのけじめ、としか言いようがない。
そんな思いが 自分にあるとは、男自身思いも寄らないことだった。

「そう、あの娘ね。あの娘のこと、好きなのね」
いつもの男なら、そのまま聞き流してしまう。
しかし、気色ばんで男は言った。

「な、何を言い出すんだ。あの人とは何でもない。
友人の妹だ。友人の都合が悪くなってのことだ。
三人での食事の約束だったんだ。
お互い時間が空いたから、二人だけの食事になっただけだ」

「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」
「時間が早かったからだ。
ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。
第一、俺が誰と食事しようと、ナイトクラブに行こうと、君には関係ないじゃないか」

 男は、語気鋭く言った。
すらすらと嘘がつけた己に、男は驚いた。
嘘をつく必要はないのだ。
なぜ、弁解がましいことを麗子に言うのか、男にはわからなかった。

「ホントにそうかしら。下心があったんでしょう、貴方に。それで、その人に振られたわけ?」


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