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ここでしばらくことばが途絶えました。
このまま話が終わってしまうのかと思いますと、なにやらこころ持ちが落ち着きません。
といいまして話のつづきをと急かすわけにもいきませんし。
善三さんがなにか言ってくださらないかと顔を横見しましたが、拗ねておられるのか、知らぬ半兵衛を決めこまれています。
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みなさま、失礼をいたしました。
ただいま閻魔さまからのお叱りをいただきました。
「親のことをあしざまに言うでない」と、ご立腹でした。
ですがですが、考えてもみてくださいまし。
おなかが痛いと泣きさけぶ幼子にたいして、みなさまならどうなさいます?
ひざの上に抱いておなかをさすられますでしょう?
足が冷たいと言えば、ふところに足を抱えて温められませんか?
熱を出したおりには、濡れ手ぬぐいを頭にのせられませんか?
それでも下がらぬときは、医院にかけこみませんか?
そう、そうなのです。そのすべてを、あの正夫に押しつけたのでございます。
正夫が先ほど申しましたことは、すべて事実でございます。
いっさいのこと、両親はわたくしをかまおうとはしませんでした。
ひたすらに、ただひたすらにお店のきりもりに時間を割き、お客さまを優先させたのです。
それもこれも、あの正夫のせいでございます。
正夫がいたから、両親はわたくしのことをかまってはくれなかったのです。
そして、あの和菓子用の甘いあんこの匂いが、そのことを思いださせるのです。
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と、善三さんがとつぜんに立ち上がられて、
「おまえら商人は、使用人をみくだすところがある!
使用人は人ではなく、物、己らの所有物のごとくに思っておる。
うん? 待てよ、まさかおまえ。
さきほど話しておった、芥川の作品で、えっとなんだったか。
そう、父だ、父。
その話とおのれの所業を……。これはなんと。片腹いたいわ」
と、大声で叫ばれました。
きゅうに大声を出されたせいでしょうか、終わりのことばはすこしかすれ気味に聞こえました。
お茶でのどを潤されると
「そのくせだ。自分よりも力のある人間の前では、へこへこと腰をまげる。
小夜子! おまえもそうだったぞ。
足立のことは神のごとくに褒めたりかばったりするくせに、ことあのご老人のこととなると、蛇蝎にたいするがごとくに悪口雑言だ。
それがどうだ。そんなあの男のもとに嫁いだと風のたよりで知ったおりには腰を抜かさんばかりだったよ」
と、ご老人をかばうような言い方でした。
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