昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~  (二十)(去れば、去るとき、:一)

2024-08-30 08:00:27 | 物語り

 うまくまとめていただけて、ありがとう存じます。
ただ一点、わたくしに付け加えさせていただきたく存じます。
ほかでもございません、里江さんのことでございます。
あの方にだけは、わたくしが明水館の若女将であることをお話ししました。
いえいえ、三水閣でではございません。
いかに無鉄砲なわたくしでも、あのようなところでは詳しい素性は明かしませんです。
里江さんとの秘密の連絡手段をととのえたあとに、わたくし逃げ出しました。
といいますのも、その後のことを知りたかったのでございます。
あくまでも追いかけてくるのか、それとも諦めてくれるのか、それによりまして対策といいますか対抗手段をも考えねばなりませんので。
ええええ、もう戦闘態勢に入っております。

 例のK大先生のご紹介をうけました。
さすがに垢を落としてからでなければ、明水館に戻ることはできません。
むろん、大女将にはくわしい事情を包みかくさずに、書状にしたためております。
ふかい反省のもと、さいど修行をいたしますので、1年ほどの猶予をいただきたいと。
ひとつの賭けでございました。
「今さら!」。お叱りを受けることを覚悟してのことでございます。
もう戻れぬかも、そうも思いました。
もうすでにどこぞの旅館から若女将をお呼びかもしれません。
その折にはこのままどこぞの地で仲居として終えようかと思いました。

 その方が気楽では、とも思いました。女将ともなると、気苦労の多い毎日を送らねばなりません。
正直を申しますと、三水閣での毎日も、それなりに愉しんでいたような気がいたします。
だれの目を気にすることなく、主や女将、そして仲居頭の里江さんからのお小言など馬耳東風とばかりに聞き流せばよろしいのでございますから。
お客から嫌われたとしましても、どうでもいいことなのでございます。
そんな思いに駆られたことも、多々ございました。

 ですが、どうしても納得ができないのでございます。
たしかに、わたくしの気の迷いからのことでございます。
三郎などという遊び人ごときに騙されたわたくしが悪いのでございます。
ですが……・いえ、ですから、やるせないのでございます。
このままでは終われない、終わってなるものか! 
「女性を、おっ母さんを大事にしない国は滅びる」。
そうおっしゃるK先生にお頼みしたのでございます。
「復讐させてください、男どもに」。
「元の旅館に戻ります。そのために、お力をお貸しください」。
そのためにはからだを投げ出しても構わない、そう思ったのでございます。
ですがK先生のお言葉は意外なものでした。
「復讐のためというなら、協力はできん。女将にもどりたいというなら協力してやろう」。
「ここの主に話を付けてやろう」。そう仰ってくださいました。

 で、三水閣から出ることに関してではなく、その後のどこぞの老舗旅館での修行に力をお貸しいただいたのです。
三水閣から堂々と出たのでは、わたくしにとっての惨めな思いをたちきってしまうことになります。
それよりも、惨めな思いをかかえたまま逃げ出したかったのでございます。
お分かり頂けませんでしょうね、この心もちは。
よろしいのですよ、お分かりにならなくても。女の意地のようなものですから。

じつは、これといった殿方からはお名刺なり連絡先なりをいただきました。
むろんそのようなことは、御法度でございます。
みなさまそれなりに地位が名誉がある方たちばかりでございます。
お分かりですね? 脅しやらに使われるかもしれぬということ、それのことからでございました。
お顔の知られた方もおられます。
ですがそのお方たちは、それなりの……、でございます。
わたくしからの頼みごとに、なにも聞かずにお渡しくださる、
はばかりながら、人をみる目だけはいまも持ち合わせていると自負しております。
ですので、わたくしの目をみて頷いてくださる殿方だけに「ここを出ます」とだけお伝えしました。

 そうそう、里江さんのことでございます。
わたくしが三水館を逃げ出してからひと月ほど後に、出られたそうでございます。
どうやらわたくしのために残っていてくださったようで。
後始末のようなことをしていただいてから、おひまを頂戴されたらしいのです。
あのお方にはもう借金はなく、いつでも里江さんが希望されるならばということだったのです。

「どこといって行くところはないし、ここは気楽だからねえ」とおっしゃるのですが、
「あんたに会うためだったかもね、運命だったかもよ」と、冗談ともとれることばをいただきました。
三水閣にしても、じつのところは渡りに船だったようで、話がすぐにまとまったようです。
なにかと異を唱えられていた里江さんには手を焼いていたというのが本当のところらしいです。

 



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