昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(八十二) 人間としての最低限の心だよ 一と二そして三 

2014-03-13 20:57:53 | 小説
(三)

要領を得ない竹田の返答に苛立つ小夜子、竹田から電話をひったくった。

「先生ですか? これからすぐに伺います。
はい、意識は戻りました。一時的に失くしましたが、声をかけたら戻りました。
えぇ、熱は少しあります。喉の渇きを訴えているので、お水をいいですか?」

小夜子が手で指示をする。勝子の周りでおろおろとする竹田に対し、
「竹田! お母さんを病院まで連れてきなさい。勝子さんにはあたしが付き添うから。
四の五の言わずに、早く行きなさい。」と小夜子の叱責が飛ぶ。

「でも…。いえ、分かりました。すぐに連れてきます」

息せき切って駆けつけた母親。
しかし意外にも、その表情は落ち着いたものだった。

覚悟を決めているのではない。
いよいよという時を迎える前に、勝子に娘としての喜びの一部だけでも感じさせられたことで、安堵感を覚えているのだ。

娘時代を病院のベッドの中で終える運命だった勝子に、僅かな日々とはいえ心はずむひと時を味合わせることができたのだ。

「小夜子さまのおかげだよ、勝利。
このご恩は、一生忘れちゃいけない。いいね、人間としての最低限の心だよ」

毎夜の如くに、お念仏を唱えるが如くに竹田は聞かされた。

「分かってるよ、母さん。決して忘れはしないよ」
そしてこの言葉も、毎夜の如くにお念仏を唱えるが如くだった。

そしてこの言葉が、竹田の将来を決めることとなった。

*以前に、(一)と(二)を掲載してしまいました。なので、今回は(三)からとしました。
ですが、念のために、再掲載しておきます。

(一)

「おかえりなさいませ、小夜子さま!」
タクシーが止まると同時に、どっと迎えに出てくる。そして
「うわぁ、この方が勝子さんですか?おきれいだわ」
「竹田さんのお姉さん、なんですね?初めまして」
「竹田さんが自慢するだけのことはありますね」と、口々に褒めそやす。
「おぉ、これはこれは。いずれがアヤメかカキツバタですな。実にお二人ともお美しい」と、五平もまた褒め言葉を口にした。その後ろに、頭を掻きながら照れ臭そうにしている竹田が居る。そしてその又後ろから、竹田の影に隠れるようにしている山田。ちらりちらりと盗み見を
している。

「おーい、抜け駆けは許さんぞ!」と大声を張り上げて、服部が出てきた。その言葉に、顔を真っ赤にしたまま、その場に立ち竦む勝子だ。
“ほんとだったの? 勝利の言ってたこと、ほんとなのね。こんなあたしを貰ってくださる殿方、ほんとにいるのかも”
「小夜子さん。あたし、あたし、ちょっと、その…。何だか、胸が、ちょっと…」
激しい動悸に見舞われた勝子。体から力が抜け始め、立っていることが、ままならなくなってきた。恥ずかしさからくる胸の動悸だと軽く考えていた勝子だが、息苦しさが伴い始めてそこで初めて尋常ではないことに気付いた。




(二)

「大丈夫? 勝子さん、しっかりして」
へなへなとその場にへたりこんでしまった勝子。小夜子が体を支えて、声を何度もかける。
「濡れタオルを持ってきて! 竹田、病院に連絡して! 急ぐのよ、急ぐのよ!」
早晩この事態がくるとは思っていた。しかしこんなにも早く、然も今日の晴れやかな日にくるとは思いもしなかった。
“どうして、どうして! 神様、ひどいじゃないの。こんな楽しくすごしている日に、こんな仕打ちをするなんて。間違ってるの、あたしが? やっぱり、おとなしく静かにしているべきだったの?”

「くれぐれもお願いします。突然襲い来るかもしれません。何かのきっかけで、興奮状態に陥った折が一番危ない。もう肺だけでなく、心の臓もかなり弱っていますから。静かな日々を送っていれば大丈夫でしょうが、喜怒哀楽のすべてにおいて、興奮状態が良くありません。御手洗さん、常在戦場のつもりでいてください。他の誰もが慌てふためいたとしても、貴女だけは冷静でいてください」
医師から告げられた言葉。常在戦場という言葉が、小夜子に覚悟の心を持たせていた。
「そこのソファに横たえさせて。竹田!先生に連絡は取れたの?で、何とおっしゃって?いいわ、電話を代わりなさい」



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