昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

狂い人の世界 [第一章:少年A](十七)

2020-08-04 08:00:50 | 物語り
 当初は不満の態度を示していた少年ですが、朝に浴びる太陽の光が心地よかったのでしょう、3日目には少女の声かけを待つことなく自ら起き出しました。
はい、その通りでございます。
毎夜毎夜スマホでのゲームに耽っていては、お昼まで眠りこけるのも当たり前です。
しかし少女とのリアルな体験が少年をバーチャルの世界から解放しました。
当初は体を触られることに拒否反応を示していた少年でしたが、すぐに少女から与えられた淫靡な世界に浸ってしまいました。
二人の中の主導権争いは、あっという間に少女に奪われてしまいました。

 怪訝な目で見ていた母親も、少年の変わりようには驚きでした。
終日穏やかな表情を見せる少年など、久しぶりのことなのですから。
すぐにもその少女が菩薩さまに見えたことでしょう。
少女を呼び寄せて、二人並んでの料理場面が毎日-いえいえ毎食に見られました。
母親にとって平穏な日々そして時間が流れたのでございます。
ただ不安がないではありません。
少女の親元への連絡をどうするか、悩ましい問題でした。
もしもすぐにも帰るとなった場合に、また少年と二人だけの生活に戻ることが不安でなりません。

 いえ、それ以上に、娘を得られたということが嬉しかったのです。
 母親自身が男兄弟だけの家庭環境に育ったこともあり、何としても娘を授かりたいと願っていたわけですから。
一昨年の冬に妊娠が分かり、それが女児だと知らされた折りには小躍りしたものでございます。
父親にしてもやっと女児が授かったのですから、母親に負けず劣らず喜んだものです。
しかしその頃は、単身赴任状態でした。
そのことが、現在の少年を作り上げてしまったといっても過言ではないのでございます。

父親から高校における成績を叱咤される少年が救いを求めようとする母親は、胎児にばかりに気をとられています。
少し前まではかばってくれた母親が、今では素知らぬ顔をするのです。
少年に時折わき起こる胎児への憎しみの思いに愕然とし、どう対応すればいいのか苦しんだのでございます。
そしてその結果が、少年による家庭内暴力として現れたのです。
父親にすら暴言を吐き立ち向かい始めたのでございます。

1年前です、母親の心労がたたり流産の憂き目に。
当然ながら少年に、静かな怒りの目が向けられました。
そして少年自身も、己に怒りの目を向けたのでございます。
鏡に映った己の、哀しみの色を見せる目から大粒の涙が落ちました。
しかしそれもすぐに「ぼくを無視したからだ」という言葉とともに消えました。


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