受話器をおいて離れたところ、電話をきられると思ったのか、またぞんざいな言葉に変わった。
「こら、田中! かってなことするな!
聞いてるのか、こら! 返事しろよ、こら!」
がなり立てる声が、玄関でひびいている。
外にまで聞こえはしないかと、あわてて受話器をとった。
「ごめんなさい、どうも。
この歳になると、すぐに腰にきちゃうものですから」
「あ、そう。腰がわるいんだ。つらいよね、それって。
うちのおやじもね、椎間板ヘルニアってのに、なっちゃってさ。
知ってる? 椎間板ヘルニアってね、大変なのよ。
ま、いいや。でね、毎日でんわはできないけど、メールを送ってるのよ。
おやじはうまくメールできないからね、
『うん』とか『ああ』とか、返させてるの。
あんた。メール、やってるよね。息子さんから、返事くるのかな?」
親孝行な息子さんじゃないか、あんがいに良い人なんじゃないのか、と思えてきた。
「メールってのは、インターネットにつながってないと、だめなんだよ。
でね、インターネットにつながるってことは…。
もう、わかるよな。だから、そのケータイでみたんだよ。思い出したかい?」
はかられた! と思ったときには、もう遅かった。
なにをどう言っても、インターネットが使える状態にあることが既定事実となってしまった。
反論することなど、はじめからとうていにできないものだった。
「でもですね。さきほども言いましたが、70をすぎてるんです、わたし。
もう、そんなツヤ事とはえんがないんです。
それに糖尿病をわずらってますし、おわかりいただけましたでしょうか」
とにかく平身低頭して、インターネットなるものとは無縁なこと、そしてまたツヤ事にかんしんのないことを説明した。
しかし、無駄なことだった。
相手には、わたしの事情などどうでもいいことなのだ。
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