昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十三) 最悪、帝王切開しますって言われたよ

2014-07-30 09:17:19 | 小説
(十二)

「社長、社長! どこです?」
息せき切って、五平が入ってきた。
「おう、ここだ。大きな声を出すなよ、病院だぞ。それに夜間だ、響くんだよ」

「いやいや、すみません。で、どうなんです? まだ、のようですね。
お産というのは、分かりませんからな」
「あぁ、まだだ。長丁場になるらしい。赤子がな、大きくなり過ぎてな。
最悪、帝王切開しますって言われたよ」

曇り顔を見せる武蔵を見るのは、久しぶりだ。
商売上のことでは、曇り顔というよりは険しい顔を見せる。

迷いというものを見せない武蔵だ。ほぼ即断即決が、武蔵の信条だ。
当然のことに誤りも出てくる。
情報不足によることが多いのだが、相手側の本音を見誤ることもたまにはある。

そんな時、違和感を感じる五平だ。
何がこうだからとか、これがあれだからとかいった、具体的に指摘することはできない。

第六感的に、おかしい! と感じることが多い。
かつて女衒を生業としていた五平だ。

娘を思う親たちの必死の嘘に騙されたことがある。
娘の真実を見誤ることもあった。

しかし時を重ねるにつれ、次第に人間の本質が見えるようになってきた。
単なる駆け引きなのか、本心なのか、手に取るように分かるようになってきた。

それは女衒という立場からすると必要不可欠なものなのだが、人間としては辛いものだった。
知りたくない、知らぬ方が良いことが分かってしまうのだ。

そして五平が女衒だと知ると、それまで刎頸の友の如くに酒を汲み交わしてきた者が、手のひらを返す。

武蔵は違った。女衒だと知っても、変わらず酒を汲み交わしてくれた。
いや、前にも増して、肩を抱いての雑談が多くなった。

心を許すというか、薄皮の取れた実のある話をするようになった。
二人して厠当番に指名された折りにも「女衒とつるむからだ」と陰口をたたかれても、まるで気にすることのない武蔵だった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿