昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (七) あゝ、帰ってきたんだ

2014-12-14 17:23:59 | 小説
車窓から見える町並みが、次第に都会色に染まり始めた。
“あゝ、帰ってきたんだ”
そんな感慨を覚えた彼は、
「もう、田舎では暮らせないかも」と、ポツリと呟いた。

わずか三日間の帰省ではあったが、寮に戻った彼はどっと疲れを感じた。
喧噪の中に身を置いた時、彼は都会暮らしがすっかり身に付いた事を感じた。
故郷での時間の流れは、ゆったりとしたものではあった。
疲れを癒すには、確かに有り難いものであった。
しかし違和感を感じていたということを、今知った。
落ち着かなかったのである。

茂作から脱け出したいが為の、わずか三日という短期間の帰省だと思えていた。
己を責めたりもした。
しかし、今日この寮に戻ってみて気が付いた。
わずか四畳半の部屋ではあるが、誰からの干渉も受けないこの部屋だ。
大の字になって寝転がってみると、妙に安心できた。
行き交う人たちの声や足音が、遠慮会釈なしに飛び込んでくる。
それらが妙に、彼の心に安心感を与えてくれた。

寮の仲間達も、一人二人と帰り始めた。
皆それぞれに、懐かしげに声をかけ合った。
さ程に会話を交わさない者でも、口々に「お帰り。どうだった、田舎は」と、尋ね合った。
それぞれの故郷の名産品を持ち合って、わいわいと話に興じた。
そして、決まって最後に口にした。
「やっぱり、”ふる里は遠きにありて思うもの”だなあ」

一週間ぶりのバイトに出かけた彼を待っていたのは、バイト仲間の愚痴だった。
彼が休んでいた間の忙しさは凄まじいもので、皆が皆時間オーバーで配達に駆けずり回り、あげくには事務方の社員までが配達に駆り出された。
課長の井上までもが配達に従事したと聞かされた折りは「ええっ、まさかっ!」と、思わず声をあげた。

そう言えば、挨拶に赴いた折りの不機嫌さは、尋常ではなかった。
「ご迷惑をおかけしました」
と、頭を下げる彼に対し
「あゝ、ご苦労さん」
と、ぶっきら棒に答える井上だった。
話を続けようとする彼に対し、
「うん、後でな」
と、クルリと背を向けた。

貴子を見ると、これ又忙しそうに伝票を繰っていた。
とてものことに、話しかける雰囲気ではなかった。
気まずさだけが残った、バイト復帰の挨拶だった。
配達先の伝票を受け取る際に、そっと走り書きしたメモを貴子に渡した。
“おみやげがあります。帰りを一緒にしませんか? 角の喫茶店で待ちます”


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