きょう7月26日に、35才の誕生日をむかえた栄子。
しかしだれとて祝ってくれる人もいない。
いまさら祝ってもらう歳でもあるまいしとうそぶくが、やはり心内では寂しくもある。
ひとけのないスタジオにひとり残った栄子に、声をかけて退出した練習生はひとりもいない。
この教室ではベテランになってしまった。
同期生のすべてが家庭にはいり、子持ちになっている。
子供の手がはなれたら戻りますから…と、みな退会してしまった。
こんやは昔風にいえば花の金曜日だ。
窓からみる通りには腕をくんで歩くカップルが目立つ。
4、5人のグループが信号待ちをしていたが、まだ赤信号だというのにその内のひとりが車道に飛びだした。
急ブレーキを掛けてタクシーが止まり事なきをえたが、相当に酔っているように見える。
残りの若者が平身低頭して、その車にあやまった。
しかし当の本人は、どこ吹く風とはしゃぎ回っている。
雑多な騒音がとびかう中、部屋のなかに街頭のにおいが入り込んでくる。
体にまとわりつく熱気も、栄子をいら立たせる。
エアコンが切られて三十分ほどが経っている。
すでに室温は三十度を優に超えた。
クルリクルリと体をターンさせて、両手を大きく上にのばす。
指先にスイッチを入れると、ゆっくりと柔らかく動かす。
手首をかるく動かしながら、腰をかるく回していく。
体は十分に温まっている。すぐにも激しいうごきに入れる。
音楽をながしながら、頭のなかで動きを思いえがく。
カンタオールの強い声が、栄子を突きうごかす。
タンタンタンと足を踏みならしながら、声に合わせて手をグルグルと回す。
次第にうごきが大きくなり、力強くそして早くなる。
どっと噴き出す汗が、ぼとりぼとりと床にしたたり落ちた。
「エアコンの効いたなかでの練習では、スタミナが付かないのよ」
栄子の持論は、練習生とはあいいれない。
彼女たちには趣味としてのフラメンコなのだ、栄子のようにプロを自任する者とは、一線がかくされる。
そしてそんな練習生が増えたいま、栄子の練習時間が削られていく。
まったりとした空気が漂うなか、ますます追い込まれていく。
次第に険のある表情をみせることが多くなった。
主宰からの注意を受けることも度々だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます