昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~100万本のバラ~ (一)

2023-07-26 08:00:14 | 物語り

 きょう7月26日に、35才の誕生日をむかえた栄子。
しかしだれとて祝ってくれる人もいない。
いまさら祝ってもらう歳でもあるまいしとうそぶくが、やはり心内では寂しくもある。

 ひとけのないスタジオにひとり残った栄子に、声をかけて退出した練習生はひとりもいない。
 この教室ではベテランになってしまった。
同期生のすべてが家庭にはいり、子持ちになっている。
子供の手がはなれたら戻りますから…と、みな退会してしまった。

 こんやは昔風にいえば花の金曜日だ。
窓からみる通りには腕をくんで歩くカップルが目立つ。
4、5人のグループが信号待ちをしていたが、まだ赤信号だというのにその内のひとりが車道に飛びだした。
急ブレーキを掛けてタクシーが止まり事なきをえたが、相当に酔っているように見える。
残りの若者が平身低頭して、その車にあやまった。
しかし当の本人は、どこ吹く風とはしゃぎ回っている。

 雑多な騒音がとびかう中、部屋のなかに街頭のにおいが入り込んでくる。
体にまとわりつく熱気も、栄子をいら立たせる。
エアコンが切られて三十分ほどが経っている。
すでに室温は三十度を優に超えた。

 クルリクルリと体をターンさせて、両手を大きく上にのばす。
指先にスイッチを入れると、ゆっくりと柔らかく動かす。
手首をかるく動かしながら、腰をかるく回していく。
体は十分に温まっている。すぐにも激しいうごきに入れる。

 音楽をながしながら、頭のなかで動きを思いえがく。
カンタオールの強い声が、栄子を突きうごかす。
タンタンタンと足を踏みならしながら、声に合わせて手をグルグルと回す。
次第にうごきが大きくなり、力強くそして早くなる。
どっと噴き出す汗が、ぼとりぼとりと床にしたたり落ちた。

「エアコンの効いたなかでの練習では、スタミナが付かないのよ」
 栄子の持論は、練習生とはあいいれない。
彼女たちには趣味としてのフラメンコなのだ、栄子のようにプロを自任する者とは、一線がかくされる。
そしてそんな練習生が増えたいま、栄子の練習時間が削られていく。
まったりとした空気が漂うなか、ますます追い込まれていく。
次第に険のある表情をみせることが多くなった。
主宰からの注意を受けることも度々だ。



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