昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(十六) 逢いに行って、いいですか?

2015-08-06 08:35:03 | 小説
アパートに帰り着いた彼は、その冷え冷えとした部屋にうんざりした。
早速ストーブに火を入れたものの、中々に暖まらない。
母親手作りの褞袍を着込み、部屋が次第に暖まり始めても、心の冷えは収まらなかった。

「牧子さん、どうしてるかな」
声に出した途端、訳もなく涙が溢れてきた。
「逢いたい、逢いたいよお!」
思わず、大きく叫んでしまった。
「よし! 手紙を書こう」
思い立ったが吉日とばかりに、レポート用紙にペンを走らせた。

=牧子さんへ
逢いに行って、いいですか?

「うん、これでいい。余計な言葉は、要らない。
恋々とした言葉を並べ立てるより、余っ程良い。
Simple is best! だ」
一人、悦に入る彼だった。
もう、茂作の夢など忘れてしまったかの如くに、嬉々とした思いで封をした。

一日千秋の思いで待ち続けた手紙は、中々届かなかった。
といっても未だ一週間なのだが、彼にはひと月にも感じられた。
平生は、週に一回覗けば良い方の彼なのに、毎日の日課としてポストを覗きこんだ。
そして、大きく嘆息してしまう。

“どうしたんだろう、一体。届くまでに、二日。返事を書くのに、一日。
翌日出したとしても、五日後には届くはずなのに。
ひょっとして、行方不明になってないのか? 
届いてないんじゃないか、ひょっとして。
郵便局に調べてもらおうか。
いや…まさか、牧子さんまで倒れたんじゃ”
あれこれ考えてしまうが、とにも角にも待つしかない。

「心、此処にあらず、だな」
吉田のそんなからかいの声に、苦笑いを見せるだけの彼だった。
家庭教師先でも、時として頓珍漢な受け答えをしてしまう。

“あゝ、もう。手紙なんてまどろっこしい事をせずに。『来ました、よ~ん!』で、済む事じゃないか”
今更ながらに、後悔してしまう。
わざわざお伺いを立てるような事柄ではないのだが。
生来の弱気の虫が、出てしまった。
裏を返せば、嫌われたくないという気持ちなのだ。
有り体に言えば、惚れ切っているのだ。
我を通せないのだ。
麗子流に言えば、演技が出来ないのだ。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿