そしていま、五平のとなりに真打ち登場とばかりに真理恵が立っていた。
えんじ色のブレザーに紺色の膝下20センチほどのスカート、そして靴はエナメル質の黒光りものだ。
胸には大輪のバラをさし、化粧はすこし派手目にみえる。
真っ赤な口紅をこれでもかというほどに塗りたくり、まさしく戦闘態勢に入っている。
「加藤真理恵です。よろしくおねがいします」
専務の妻、とは口に出さなかった。あくまで、ひとりの個人としての挨拶だった。
30度ほどに腰をまげつつも、〝あなたたちへの礼ではなく、富士商会への礼なのです〟と言外にせんげんしているようなものだ。
つめたく見下ろすような視線を、全社員にそそいでいた。
横に立つ五平はまるで無頓着で、「わたしの嫁さんだからと身がまえる必要はない」と口にするものの目は笑っていない。
これから起こるであろう幹部社員たちとのバトルが気になって仕方がない。
けさ、「お手柔らかにたのむぞ」とこぼしたおりに、
「あたしはね、あなたが富士商会の専務だから嫁いだの。次期社長ふくみのね。
社長夫人としてではなく、いち幹部社員として会社の繁栄につくすためなの。
ミタライ社長? あの方では天井が低いわ。
いつかは父とともに、2部でもいいわ。上場させてみせるから」と、五平の目をまっすぐに見て宣言した。
〝真理恵ならばやりかねない。いまの家族的経営では、けっして満足しまい。
タケさんの存命中ならいざしらず、早晩小夜子さんと衝突してまうだろう。
といって、真理恵の意見が正しいことは自明の理だ。
なんとしても、小夜子さんには一時的にせよ身を引いてもらわねばならん。
となると、山田や竹田、そして徳子らの意向だな。
みなタケさんの信奉者だ。ひとすじ縄ではいくまい〟
五平が心変わりしたのではない。
2年ほど前に、武蔵から打ち明けられていた。
以前に熱海での社員旅行で泥酔したおりに、武蔵のかたったことば。
「俺の次は、五平、おまえだ」。
単なるお為ごかしだと思っていたのだが、どうやら本心のようだった。
「どうもおれの寿命は短い気がする」。
とつぜんに口にしたことば、現在のことを暗示していたのかと思う五平だった。
武士という後継者に恵まれぬ以前とはいえ、端にも棒にもかからぬ己のことをそこまで……と考える五平だったが、武蔵の胸の内には、冷徹な計算がはたらいていたのも事実だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます