峠おやじの「たわごと」

峠、自転車、キャンピングカー、野菜、園芸、時事ネタなどをぼやいてます。

照ノ富士、初優勝

2015年05月24日 | スポーツ
大相撲夏場所で照ノ富士が初優勝した。

先場所の相撲を見ていて、スケールからいっても必ず横綱になれると思ったから自分の目が正しいことを証明できて嬉しい。



えっ、気が早いって?
一度も優勝したことがない鶴竜が横綱だよ!それがモンゴルとはいえ関脇で初優勝するんだから大したモノ。相撲のスケールからいっても来場所は大関。下手すると年内に横綱も可能かもしれないなあ。

しか

し、この初優勝は出来過ぎ。白鵬と照ノ富士が初日で負け、そのあと直接対決では白鵬の勝ち、これで場所後の大関はなくなったかと思ったら、豪栄道、稀勢里が白鵬に土を付けて、俄然面白くなった。

こうなると、横綱戦はモンゴル勢同士だから何とでもなるし、照ノ富士は平幕相手なので多分優勝できると思ったら案の定だった。こんな具合だから横綱になるのも早いだろう(大相撲モンゴル部屋参照)。

それにしても日本人力士の優勝が6年くらいない。この際、モンゴル力士の昇進は優勝以外ないようにしないと面白くないよね。

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取り締まり現場(バス右折可)

2015年05月17日 | 日常
右折禁止の交差点はよくあります。
ところがバスだけ右折可という交差点が岐阜市にあります。
でも路線バスのルートという理由ではありません。



地形的な問題です。
長良橋は一般的な橋のように堤防と堤防の間に架けられているのではなく、堤防内の河川敷を登っていって橋になります。したがってそのスロープは堤内の宅地の間を高架のようになって登ります。スロープの両側間の通行はスロープに開けられたトンネルです。



ここは鵜飼観覧船乗り場があります。橋の両岸のホテルからバスでお客を運ぶには橋のスロープ西側の道路を通るしかありません。スロープを降りたところにあるスロープ脇の道路との交差点もスイッチバックのような形状をしてますからバスはこの交差点をUターンのように右折しないと入れないのです。


(クリックすると大きな画像が見られます)

したがってバスだけ右折可という標識になっています。ところがそれを知らない一般車がよく右折します。ここは橋のたもとの派出所前にもなっているので手頃な取り締まり場所になります。ですから上の写真のようにお巡りさんに捕まる方がおられます。

皆さん、お気をつけ下さいね。

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高速通行料1000円

2015年05月14日 | リーフ
3月のファミマ急速充電器設置に続き、年末あたりから日産販売店も急速充電器を続々と増設し、2台体制のお店も出現しました。高速道路のSAでもかなり設置されてきてます。しかし一番必要と思われる「ひるがのSA」がまだなのは何故でしょう?5月末予定だそうですが。

そんななか、暖かくなったのと日照時間が長くなったおかげで4月は発電量アップ、急速充電もこまめにやった結果は驚きの充給電差でした。


(クリックすると大きな画像で見られます)

それで大幅に経済効果が出たかというとさほどでもありません。今月からスタンダードプラン料金が正規の値段になった1500円アップで行ってこいの結果になりました。

このうえは申し込みをした「高速通行料どこまで行っても1000円」でできるだけ還元してもらうしか手がないですわ。
なかなか遠出する機会がないのでダメですがね。

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「山と高原」地図スマートフォンアプリ

2015年05月13日 | 
5月11日のツーリングマップルNAVI(見返峠、iPhone)をの続編みたいなものです。

ツーリングマップルを出版している昭文社は「山と高原」地図も出版しています。
学生時代に買った「京都北山」は当時の愛読書のひとつでした。



何よりいいのは国土地理院地図(2.5万~5万地図)に掲載されてない峠や登山道が行程時間付きで載っているからです。その後、高校の同級生との山行きをするようになったりして、あちこちの山地図を買いました(^^;)

山岳路などは滅多に変わらないとはいうものの、これから行こうと思った地域の地図が2004年版だったので、新しい地図を買ってきて、ひとしきり峠のありかなどを探しました。そしてふと地図のパッケージを見ると、50th ANIVERSARYなる文字が目に入りました。うーん、もう50周年か!大学のサイクリングクラブができて2年後だなあ・・・(^^;)



それだけなら良かったのに、スマートフォン版「山と高原」地図アプリの表示も目に当然、目に入ってしまいました(~_~)

『ルートが記録できる』
その言葉に弱いです。そしてそれにまんまと釣られてしまう自分が怖い(^^;)

サイトに行ってみると、GPSのルートログが取れるそうです。やはり魅力あります。ガーミンのGPSは持ってますが、最近動作不良でログが取れなくて使い物にならないからです。

しかし、やはり出版界です。地域ごとに別料金です。しかも年版を替えると、その都度お金が要ります。フィールドでは今ドコにいるかわかればいいので、電波が来てればスマホの地図ロイドで事足ります。ルートログは悩ましいです。ただそこまで地図に表示したいかというとそうでもないので、そのために機器やアプリを購入するのは過剰投資な気がします。

電波が来てないところならサイクルナビも持ってますからね。でも一度失敗したことあるからなあ(ー_ー)

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スノーシェルターとスノーシェッド

2015年05月11日 | 
スノーシェルターとスノーシェッド
どちらも道路施設だし、似たような名前なので何も考えずに使っていました。東北方面の峠道ではもちろんお馴染みです。

たぶんに峠の頂上部分を覆う丸い雪覆いの方はスノーシェルターと言うのだろうくらいの知識はありました。

スノーシェルター

ところが中腹付近の崖に架けてある片流れの屋根は・・・なんと言ったかなあ?片側は開いているし、雪囲いではなし、シェルターは左右対称だし・・・思い出せなかったので結局調べました。どちらも「スノーシェ」までは同じですからわかりません(~_~)



改めて見直してみると、これまでいかにデタラメに使ってきたか赤面してしまいます(ー_ー)
特にひとつの峠のなかに両方存在するところがダメです。



大覚野峠がそうですね。早速直しておきました(^^ゞ

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ツーリングマップルNAVI(見返峠、iPhone)

2015年05月10日 | 
私の本宅であるHP「自転車峠おやじ」「峠コレクション」
今日アップした見返峠は十和田湖外輪山にある国道454号線の峠である。

何故かツーリングマップルにしか峠の記述がない。

そのツーリングマップルのウェブ版がないかと、昭文社のサイトに行ってみるとツーリングマップルNAVIというiPhone専用のアプリをリリースしているという。月額240円。高いのか安いのかわからないような設定である。だいたい私ゃ、iPhoneじゃないしぃ(--;)

でも、docomoが扱いだしてからスマホの半分以上がiPhoneになっちゃったらしい。今年1月では7割がiPhoneだったという記事もある。それだけに日本で有料アプリを出すなら真っ先にiPhone向きというのもわかるけれど、Androidユーザーとしては寂しい限りである。

ちなみに話題のきっかけとなった見返峠ですが、その名前が付く峠は何個かありまして、

1.知床の斜里岳鞍部を越えるもの(国道334号線)
2.十和田湖外輪山を越えるもの(国道454号線)
3.八幡平を越えるもの(県道23号大更八幡平線)
4.大山と蒜山の間にある(県道114号大山上福田線)
5.佐賀県内の登山道にあるらしい

私は上記4つを獲得済みです。峠おやじの面目躍如ですかね(^^ゞ

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飛騨古川、三嶋屋和ろうそく店さん

2015年05月09日 | 歴史
昨日の話は飛騨古川、三寺参りの主役でしたね。
やはりロウソクです。想像どおり、何週間もかかって作られた大きなロウソクだそうです。

この話、それを作った和ろうそく店の店主さんから直接聞いたのですから間違いないです。



そう、NHK朝ドラ「さくら」で主人公が下宿した飛騨古川の和ろうそく店「三嶋屋」さんです。一度は行きたいと思っていました。あのドラマが流れてから13年も経つそうです。



あの一家の中には今をときめく長澤まさみもいましたね。
この部屋のどこかからひょっこり顔を出しそうです(^^;)



店主さんは和蝋燭を作る職人さんですから、気むずかしい人を予想してましたが、意外に話し好きでした。

和ろうそくは、西洋ロウソクに較べて
1.ススが少ない
2.燃焼時間が長い.
3.風に強い
などの特徴があるそうです。

それは西洋ロウソクがパラフィンを原料としているのに対し、和ろうそくはハゼの実から作られているからとのことです。ロウソクの芯も西洋が綿糸なのに対し、和ろうそくは和紙と真綿から作られるために風に強いようです。ススが少ないのは仏壇の金箔を汚しにくいので、最適とされています。

(下段、左が和ろうそくの芯)


和ろうそくは炎が呼吸しているように見えるそうです。止まっている時と燃えさかる時があり生きていて、風も無いのに炎がゆらゆら揺れるのは、「仏様が喜んでおられる」と表現されました。



和ろうそくは室町時代以降に作り始められたそうです。ですから創業100年程度は業界では小僧っ子、400年以上のところが老舗と言われるそうです。ここ三嶋屋さんは江戸時代なので創業約250年。中堅どころに位置するとのことです。

紅白のロウソクの使い分けは、仏壇に毎日手を合わせるときなど通常は白ロウソクで、法事や慶事(出産・結婚など)などは赤ロウソクを使うのだそうです。

そんなこんなで小一時間お邪魔していたと思います。もちろん紅白の和ろうそくをお土産に買いましたよ。

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飛騨古川の街

2015年05月08日 | 旅行
お目当て?の自転車屋さんがお留守だったので、急遽切り替えた飛騨古川の観光です。

古川といえば白壁の街中を流れる瀬戸川と鯉です。古い街並みに白壁と水路は定番中の定番ですから絵になりますね。



この鯉たちは冬の間は近くの池に避難していて、雪解けの頃に川に戻されるそうです。

その川に面して、朝ドラ「さくら」の出演者の写真が飾ってありました。主役の高野志穂さんと地元方言指導兼教師役の 荒木優騎さんが写っています。

また、あのドラマから全国的にも知られるようになった三寺参りですが、浄土真宗の三つのお寺に参る行事で親鸞さんの遺徳を偲んで行われる法要に合わせてお参りするものだそうです。



そこで出会った男女が結ばれるというのはアリエール話ではありますが、どこまで本当かわからない民間伝説らしく、ドラマを盛り上げるのにはもってこいの舞台でしたね。

その三寺参りのときに飾られるロウソクです。何百本も灯されたものをテレビで中継されます。しかし、あれは主役ではないそうです。本当の主役は・・・明日に続きます。

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飛騨古川の自転車屋さん

2015年05月07日 | 自転車
安曇野ちひろ美術館のあと、ひらゆの森まで走り、温泉と食事をしました。その後、道の駅上宝でP泊し、翌日は古川の町(飛騨市古川町)へ行きました。

話は師匠の謝恩会?に遡ります(^^;)
謝恩会に来られなかった人から電報が届いていました。飛騨古川の自転車屋さんの二代目で、若いときに師匠のお店に修行に来ていたとのことでした。

私が通っていた頃にお会いしたことはありません。他の皆さんはあれこれ話題にしていたので、翌日、長野市に電動ステップを取り付けに行くので、その帰りに寄れたら寄るよと宣言しておきました。

いきなりお邪魔して「実は師匠つながりで・・・」とサプライズしてやれなどと皆にけしかけられました。でもメールで予告しておきました。私ゃ気が小さいのですよ(^^ゞ 



メールの返事は全くないので不安に思いながらも、道の駅から路傍に雪が残る峠越えをして古川の町に入りました。

目指す自転車屋さんは普通のお家のように見えます。看板がかかっていたのと窓からビアンキが見えたので間違いなさそうでした。入り口には3日間臨時休業の張り紙がありました。一番悪いタイミングで来たようです。



だから返事もできなかったようです。せっかく来たのでダメ元でインターフォンを押しました。すると女性が出てきて「出張中」と説明してもらえました。メールで用件は送ってあるので、その旨お話しして辞去しました。鄙には稀なビアンキです。残念ですぅ (--;)

しかし、転んでもただでは起きない私のことです。女房も飛騨古川は初めてとのことでしたから気を取り直して、古川の町を観光することにしました。

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安曇野ちひろ美術館

2015年05月06日 | 
キャンピングカーの電動ステップが治ったので先月末に長野市まで取り付けに行ってきました。

もちろん、今回はそれだけでは行きません。女房の希望を大々的に取り入れ、安曇野のちひろ美術館や、ひらゆの森その他に行ってきました。



いわさきちひろの絵は水彩絵の具のぼかしを使った絵です。フランスのマリー・ローランサンの絵にタッチが似ています。子供を主題にした絵や絵本の挿し絵などの作品が多いです。



いわさきちひろは福井県武生(現・越前市)で大正7年に生まれました。

戦前でありながら教員だった母や陸軍建築技師だった父の影響でスキーや登山をやるなどハイソな家柄だと思います。そうでなければ戦前に女性でありながら絵画などやれません。(作家活動については年譜を参照してください)。

夫は共産党の国会議員になりますし、息子もちひろ美術館を2館も運営するなど、凡人とは違いますね(^^;)

安曇野という舞台と相まって朝ドラ「おひさま」を思い出してしまいました。



ここは絵本作家の美術館だけに写真になる題材が転がっています。うさぎちゃんの椅子とかジブリに出てきそうな金属オブジェです。

そういえば、いわさきちひろが生まれたのは母の赴任地である福井県武生(現・越前市)でした。
武生はいま「天皇の料理番」でも舞台になっています。不思議な感じです。

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師匠に感謝会?

2015年05月05日 | 自転車
先回紹介しました自転車の師匠ですが、いまも健在です。

正確な年齢は聞いたことがないので憶測ですが、たぶん昭和1桁で、いま80代でしょう。自分たちの親と同じ年代なので私のような、いわば弟子たちが同窓会みたいなものをやろうということになったようです。

すでにその弟子が孫持ちになるような年齢ですし、学校の恩師には何度も同窓会を開いてるのに自転車の師匠だって恩師ですから今さら遅いくらいです。

ということで先月末に開催されました。長良川河畔の石金です。なにより師匠の店のご町内みたいに近いのがいいです。玄関にはクラブの名前がかかっていました。UCC。コーヒーみたいですけど、鵜飼サイクリングクラブの略称です。



会場には師匠と弟子たちが走ったサイクリングやラリーの写真などが飾ってあります。昔の乗スカや白山スーパー林道などビックリするような写真が一杯あります。


(クリックすると大きな画像が見られます)

みんな年を取りました。それこそ何十年と会ってませんから、初めは誰だかわかりません。でも昔話をしだすと、すぐに打ち解けました。お店にいつもたむろしていた私たちにしかわからない話ばかりだからです。石金の若社長も近所のよしみで2ショットしてもらえました。




最後に「おはようサイクリングの参加賞」など懐かしい賞品を山分けしたり、とても楽しい会でした。

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自転車の師匠

2015年05月03日 | 自転車
私が自転車を始めたきっかけは高校時代のスランプ(心の病に近い)でした。岐阜県でトップの進学校でした。生徒会活動が盛んだった中学とは違い、毎日営単語のテストがあり、豆単(旺文社のポケット版英語辞典)が座右の銘。中学の恩師から「あなたは凝り性だから高校ではクラブ活動はしない方がいいでしょう」のアドバイスを真に受け?高校でも自宅部(^^;)でした。

そんな寂しい私がなぜ自転車に向かったのかはよくわかりません。たぶん自転車通学していた気軽さと一人でも楽しめることがキーポイントだったのでしょう。小学校時の趣味が地図というくらいの地理好きだったことも結びつく要素だったでしょう。すでに小四のときに四段変速のスポーツ車は買ってもらい、サイクリングの真似事はしたことがありましたし、自転車通学をしていたからでしょう。

とにかくスランプからの脱出策がドロップハンドル車になったようです。なぜそうなったか詳しい経緯は覚えてません。そこで行った自転車屋さんが自宅から二番目に近い自転車屋さんでした。そうそこが偶然師匠のお店でした。



初心者の私に店主(師匠)はサドルの高さとかタイやの空気圧など基本的なことを伝授してもらえました。それらのやり取りが妙に新鮮でしかも理論的に思え、いっぺんにファンになってしまいました。

師匠のお店は当時では珍しい?(レースの方がもっと珍しかったかも)ツーリング志向のお店でした。そのお店では私と同年代もしくは下の少年たちがいつ行っても複数たむろしてました。彼らの話題は自転車のメカ(主に部品・銘柄)のことばかりで、初心者の私にはチンプンカンプン。自転車以外の話題で勉強の話は全くなし。ハッキリ言って別の人種のようにも思えました。



それでもなんとか彼らの話に加われるよう入門書や専門誌を買って必死で知識を仕入れ、自転車に関しては何とかわかるようになりました。実際に走るのは単独行が多かったですが県内ラリーや元旦サイクリングなど自転車屋さんの行事にも参加しました。

当時は分解した自転車を列車に持ち込み、旅先で組み立てて走る輪行(りんこう)が始まったころで元より時間のない私は輪行で中山道を諏訪まで走ったりしてました。当時の輪行車の名車というとアルプスクイックエースという今では幻になった自転車でした。

アルプス・クィックエース

アルプスクイックエースを手に入れるなら東京か京都の自転車屋さんにしかありません。私はそれが欲しくて進学先は東京か京都にある大学と決めていました。そして希望通りの大学に進学し、創立9年目のサイクリングクラブに入部(一昨年
周年を迎えました)、もちろん自転車はアルプスクイックエースを手に入れました。初めての部活もこうして始めました。

学生時代くらい楽しかったことはありません。四年間の濃密だったこと・・・それに対して就職してからの人生の速かったこと。速かったこと。おかげさまで定年まで勤め、身分が変わって引き続き働きに行っています。ちなみに会社訪問の役員面接ではドロップハンドルの利点を質問されました。口頭では納得してもらえなかったので図を書いて説明しました。おかげで就職が決まったようなものでしょうか?

考えてみると、師匠に出会ったおかげで進学先やその後の人生が決定したようなもので二重三重の恩人です。まったく足を向けて寝られません。

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