
ビックリするニュースでした。
しかし、お二人とも無事で良かったですし、我が国の自衛隊、海上保安庁などの救援部隊の
使命感と実力の高さに感動を覚えました。
※世界最高峰の性能を誇る水陸両用の国産救難飛行艇「US-2」
辛坊さんとヒロさんの会見の様子の一部を視聴しましたが、
疲れ切っているにもかかわらず、救助されたことに感謝し、丁寧に対応し、
常に多数の人たちに助けられたことへの感謝と迷惑をかけてしまったことのお詫びに終始し、
見事な態度だったと思います。
本当は、6月8日に大阪北港を出港して14日目、福島からの単独航海になって
わずか6日間、1200Kmで断念せざるを得なかったという悔しい思いでいっぱい
だったでしょうが、自分たちの思いより、周りへの感謝とお詫びに終始されたのは、
大人の対応で見事であり、その面で、感動を受けました。
私は、このお二人の姿勢は、太平洋を横断しきった以上の感動を与えてくださったと思います。
辛坊さん、ヒロさん、お疲れ様でした。
お二人は、日本人の誇りです。
■目に涙浮かべ深々と謝罪 辛坊さんら厚木基地で- YouTube
『遭難の辛坊さんら救助、厚木基地に到着』
2013年6月21-22日 スポニチの記事から編集
ニュースキャスター辛坊治郎さん(57)と全盲のセーラー岩本光弘さん(46)の乗った
小型ヨットが太平洋横断中に遭難した事故で、2人の事務所からの救助要請を受けて6月21日午後、
海上自衛隊の航空機が救助に向かい、同2時頃に2人の姿を太平洋上で確認。しかし同3時、
航空機は現場周辺の気象条件が悪く、燃料切れのため救助できずに引き返した。
午後3時に別の航空機が厚木基地から救助に向かった。現場は宮城・金華山の南東約1200キロ付近。
2人は救助要請の直後にヨットを放棄し、救命ボートに乗り移った。海上自衛隊の救難飛行艇が
相次いで出動し、2機目が午後6時15分ごろ、現場海域で2人を救助、同23分に現場を出発し、
午後10時半ごろ、神奈川県の海自厚木基地に着いた。
厚木基地で辛坊さんは「ご迷惑をおかけしました」と話し、遭難の状況を説明した。
辛坊さんはまず「本当にたくさんの方にご迷惑をおかけいたしました。
たった二人の命を何百人で救ってくれた。本当に海上自衛隊、海上保安庁の皆様には感謝しています。
4メートルの波の中を助けていただいて本当にありがとうございました」と感謝と謝罪を口にした。
「気力はあるし、食料も水も1週間くらいは大丈夫という読みはあったんですけど、
体温が下がって明日までもつかなという思いがありました」と状況を振り返り、
「“あ、帰れる”もうその一言で。こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど、
この国の国民であって良かったなと思いました」と救助船がやってきたときの心境を
声をつまらせながら告白した。
岩本さんも「本当に助けていただいてありがとうございます。本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。
あのゴムボートが来たときは本当にほっとしましたし、来ていなかたらどうなっていたんだろう」と
感謝を口にした。
船内に海水が浸入した状況について、「(午前)5時までウォッチで、8時くらいまで寝ようと思ったら
ゴーンゴーンゴーンと3回右舷の方で、下から突き上げるような感じ」(岩本さん)
「もしかしたらクジラだったかも」(辛坊さん)と船底が障害物に当たったという。
「(岩本)ひろさんが“浸水している”と叫び声があって、船内のキャビンに足を下ろしたら
床に水が来ていて。緊急の排水をしたんですが、とても水が入ってくるスピードに追いつかなくて。
あっという間にくるぶしくらいまで水がきて、脱出するときは膝下くらいまできていた」(辛坊さん)と
みるみるうちに浸水していった様子を描写した。
救助を待っている最中は「何回も上空で(航空機)が旋回してくださっていて。
厚木から来てこれくらい旋回してくださるということは助けたいという気持ちがあるとわかったので。
とにかく生きようという話をラフト(救命ボート)の中で2人でしていました」(辛坊さん)と、
気持ちを切らさずに耐えていたことを明かした。
神奈川・厚木基地に到着した辛坊氏は「助かった、の一言」と憔悴した表情で話し、
日付が変わった22日に東京都新宿区の吉本興業で会見しあらためて謝罪した。
22日午前0時すぎ。東京都新宿区の吉本興業東京本部で記者会見した辛坊氏は
「救助にたくさんの人手や税金を使うことになり、反省しなければいけないことは、
きりがないぐらいある」と涙を流しながら、あらためて謝罪。
さらに「岩本さんを無事に家族の元に帰せてよかった」と声を震わせた。
ヨット内にはあっという間にくるぶしまで海水が上がってきており
「数分間で数十センチ上がってくる勢いで。数分で沈没するだろうと思った」。
脱出時には、膝下まで浸水が進んでいた。何とか救命ボートに移ったものの、2人はずぶ濡れ状態。
足を重ね合いぬくもりを分け合ったが、21日中に救助されなければ低体温症になると覚悟したという。
実際、救助時の体温は35度で低体温症になりかけていた。
取材陣からコメンテーターとして意見発信する立場だが、今回のことで何か心境の変化はあったかと
問われると「正直、今後、どの面下げてという思いはする。
そういう意味では自らを省みる時間がいるだろう。今後の仕事は白紙」と話し、
コメンテーターをしばらく休業することも示唆した。