高校野球が‘甲子園が全てではない’という意識になれば


gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/sports/jiji-200520F381

 日本高野連は8月10日に開幕予定だった今年の夏の甲子園大会を
中止にすると発表した。

 高野連サイドは‘新型コロナウイルスの感染拡大を防ぎ選手や観客
の安全&健康を守るため中止が必要’という理由で中止という結論に
至ったようだが、
今年は3月下旬から予定されていた春の選抜も同じ
理由で中止になっており戦後初めて甲子園大会が行われない年にな
るわけだ。

 正直言って私も高校野球経験者だから高3の選手達の無念さを思
うと残念以外の何ものでもないわけだが、高校野球も聖域ではない
という流れがハッキリしたという事になる。

 夏の高校生のイベントとしては既にインターハイが中止になって
いたので高校野球の開催も厳しいという流れができていた一方で、
陸上や水泳以外のサッカーやラグビーにバスケットやバレーなどは
冬にも集大成といえる大会があるのに対し野球は夏の甲子園で終わ
りだから何とかできないものかと思っていた。

 さらに台湾や韓国でプロ野球が無観客で開幕していたしサッカー
もドイツが再開するなど無観客ながら徐々に通常モードに戻ってき
ていた事から高校野球関係者にも希望が出ていたのだが、現在でも
学校の授業が再開されてない事や夏休みが大幅に短縮されるという
事情もあればやむを得ないだろう。

 高校野球といえども授業を受けずに野球だけやるのは許されるも
のではないわけで、あらゆる要素を考慮すれば中止というのは妥当
な判断だと思う。

‘インターハイが中止になったので同じ時期に行われる高校野球も早
く中止にするべき’という意見もあったが、先述したようにサッカー
やラグビーなどは冬に大きなイベントがあるのに対し高校野球は夏
で終わりだっただけでなく選抜も中止だった事から高野連サイドも
ギリギリまで事態の好転を模索し今日まで判断を引きのばしたのは
十分理解できる。

 一つだけ‘?’なのは‘選手や観客の安全を…’という発表だが、仮に
夏の甲子園を開催するにも無観客で行うのは絶対条件だったにも拘
わらず‘観客の安全’というのはこの期に及んで観客を入れて行おう
としていたのか? 

 戦前から高校野球は国民的行事になっておりマスコミも特別扱い
する傾向が強く、それゆえ指導者から選手&先輩から後輩への暴力
を含めたパワハラや特に投手の酷使などチームが勝つためという名
目で許容されていた。

 だから平成に入って‘投手の肩は消耗品’‘オーバーワークは害’など
世界的な常識が変わっても、それを頑なに拒否し伝統的な価値観を
順守しようとする流れがあったし高野連も黙認していた。

 監督達が‘選手達がかわいそうだから何としても開催させてやり
たい’という考えは‘投手が燃え尽きるまで投げたいという希望を叶
えてやりたい’というのは同じ思考だろう。

 それが今回コロナ禍で中止になったというのは投手の酷使をも中
止にできるという事になるのだから、これを機に高校野球も甲子園
だけが全てではないという流れになって欲しいと思う。

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