1795年 9月9日未明、
鎮江の潤州区で 河の堤防が崩壊し
水が村に流入して まだ就寝中であった村人の大部分が溺死してしまった。
この村では 水災の五日ほど前に
黒い服を着た官司吏のように見える者がやって来て
河に黒い本を投じている姿を 漁夫が見かけていた。
この村ではそれまで、女子供も
毎日 田螺や蛙や小動物などを捕っており
親達は それを褒めていた。
この村の中で ただ一人、
いつも殺生を避け、
生き物を買い取って放してやり
家族の中では自愛考順であり
他者に出会う時はいつも 田螺などを救って陰徳を積むように勧めていた70歳になる老婆がいた。
その水災の時は、この老婆の孫が急病になっていたので
保養の為にと 孫を山上の寺廟に連れて行っていたので その難を逃れたのであった。