ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

「あなた長生きしてね」幸せな介護をして8年間 (8)

2018-12-27 07:16:43 | エッセー
 私は夫が認知症だと診断されたときに、「心理カウンセラーとして、夫を絶対
怒らせない介護をしよう」と、心に決めた。もともと穏和な人だし、日常生活
ではほとんど以前と変わらず、また不自由はなく、平穏に暮らしていた。
 確か認知症と診断され間もなくだったが、こんな事件が起こった。
ある日私がどうしても出かなければならない用事があり、地元にある信用金庫へ
お使いを頼んだ。何しろ長年通っていて、我が家の並びの一本道なので、私は
安心していた。私が帰ってきてすぐに夫に聞いたら「行ってきたよ」と言うが、家の
中のどこを探してもなかった。「どうしたの?通帳もお金もないけど」と聞いても
分からない。私はすぐに信用金庫へ走ったが、確かに夫は行ったし、下ろしたお金
を持って帰ったことも確認できた。それはかなり大金だったが、私はそれより夫が
一本道の家に帰る途中に紛失したのが、どうしても理解できず、途中で盗られたのか
とも思ったりした。

 私には大変ショックだった。さんざん探したうえ、やっぱり紛失したのだと諦めた
が、自分の気持ちがどうにもコントロールできなくなり、とても家に帰る気がせず
羽根木公園へ行った。梅林の誰もいないベンチで、「これから夫はどうなるのだろう」
ととても悲しくなり、一人で涙を流したのは決して忘れられない。
 それは梅がまだ咲いていなかった、とても寒く空のきれいな日だった。
認知症だと分かっている夫に、私が頼んだのが悪かったのだと、夫を一言も責めな
かった。でも早急に印鑑だけは作らなければと、次の日下北沢にあるお店で印鑑を
注文した。間もなく出来上がったが、その日に何と玄関の入り口にあるスリッパ立の
後ろから、通帳と、お金と、印鑑が出てきた。それが私にとって何より嬉しかった
のは夫が途中でなくしたのではない事実だった

後日分かったのは、お金を下ろして家に帰る途中に、朝の仲間の友人と偶然会って
お茶に誘われたそうだ。その現金を一度家に置きに帰り、3階に上がるのは友人を
待たせるので、入口のスリッパ立の見えないところへ隠したようだ。
それをすっかり忘れたのが、紛失の原因だったが、私はまだ夫は大丈夫だと胸を
なでおろしたことがあった。それからは重要なことは決して夫に頼めないのだと
覚悟し現在に至っている。でも8年間にこれほど心配したのは、只の一度だけだった。
コメント
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