英会話教室でお友達になった一人が、何度か行った銀座のビルの6階に
ある高級なお寿司屋さんに案内してくれるそうで、「では年明けに行き
ましょう」と、年末に4人で話がまとまった。
銀座の交差点の鳩居堂前で待ち合わせたが、午前中は風が冷たかった。
そのお店は並木通りの角にあったが、大きな看板も出ていない、全然
目立たないお店だった。
お寿司を握る板前さん達は、全員丸坊主で驚いたが、衛生上そのように
しているようだ。無論予約してあったが、早い時間だったが、だんだんお客
さんが増えてきた。テーブルは朱色の塗りで、お寿司を載せる台は多聞大理石だと思った。ランチコースでお願いしたが、握り寿司の前に色々なものが出た。彩り美しかったし、とても美味しかったので、かなりのお値段だったが、それぞれ満足したようだ。
その後コーヒーを飲んで楽しいおしゃべりをし、私は銀座から日比谷
まで歩き、千代田線に乗るからと友人達と別れた。
亡くなった親友は有楽町駅前のビルに勤めたいたので、いつも待ち合わ
せは日比谷シャンテの入り口にある喫茶店だった。
私は早めに家を出て霞が関で降り、日比谷公園を散歩しながら通り抜け
そこで親友が来るまで一人でコーヒーを飲んだ。
ほとんど毎月会っていたその頃の楽しい習慣で、その後は、有楽町マリ
オンで映画を見たり、銀座まで歩いて飲んだり、食事したり・・・・
(あれは一体何年間続いたかしら、楽しかったな)と思い出しながら歩いた。
彼女は独身だったので、海外や国内旅行など二人で何度行ったことだろう。
一度は私がフラのレッスンを受けるためハワイへ行った時、1週間付き合ってくれたやさしい人だった。彼女は私立中学のクラスメートだったで、何故か
突然中3の時彼女の自宅に先生をお願いして、3人で英会話を習っていた
ことを思い出した。それなのに、今もまだ習っているのだと可笑しくなった。
また、やはり中3のとき共同募金のため、昔あった数寄屋橋の上で「お願い
しまーす」と4人で大声を上げていたら、傍にいた靴磨きのおじさんに
「そこにいられたら、お客さんが来ないからもっと遠くへ行って」と
怒られて、みんなでキャーキャー言いながら逃げ出したこともあった。
銀座も日比谷も随分変わったが、雰囲気は昔とあまり変わってはいない。
日比谷交差点角にある地下鉄の入り口は、円形の階段でいつも(まるで
宝塚のステジーのような雰囲気)と思いながら降りたが、とても懐かしかった。過ぎ去った昔を思い出しながら、ひとしお感慨深く歩いた銀座と
日比谷周辺だった。
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