第2砲台跡切り通しから、トンネルを抜けて第1砲台跡三叉路へ進む。
トンネル内部、左側(西側)の壁にも切り通しで見てきたのと同様の施設の部屋が並ぶ。
しかしそのいずれも金網や板によって入口が塞がれ内部に入る事はできなくなっている。
トンネル南口から入って最初に現れる2つの入口は金網の隙間から内部の様子が窺えた。
左は覗き窓のある細い通路、右は広めの部屋で正面の壁に奥へと続く2つの穴。
構造的に、さきほど切り通しで見てきた弾薬庫と同等の造りと思って良いだろう。
その次の部屋からは、ベニヤ板によって入口が封鎖されていたため中を覗く事はできず。
トンネルの中程まで進むと、ふたたび金網張りで内部を見る事のできる部屋があらわれた。
この部屋には四角柱に寸断された石材が転がっている。そしてその隣は部屋ではなく
上へ登っていく階段だ。階段上から光が差し込んでいるが外へ続いているのだろうか。
階段横に砲台地下施設の説明板があった。どうやら地下施設は2階建てのようで
この階段を上がっていけば2階の部屋にも行けたようだ。封鎖されているのが残念。
ちなみに明治時代の地図では、この付近に第1砲台指令所が。
昭和時代の地図では、防空指揮所があったと記載されていた。
階段付近を頂点に道は下り坂となり、この先の地下施設の入口は3つだけとなる。その内
手前の最も広い部屋の入口だけは金網張りで、残り2つは板張りだった。部屋の奥の壁に
書かれた孤独の文字。当時の駐屯兵の心の叫びか?でも時代的に書く方向が逆だな・・・
ここの板張りは劣化が激しく一部が破損しており、その隙間から内部を覗き見る事ができる。
左右に覗き窓のついた狭い通路。よく見ると天井に沢山カマドウマが・・・カマドウマトンネルだ。
これで一通り地下施設は見て回れたと思う。全長88.66mのトンネルを抜けて第1砲台跡へ進もう。
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トンネル内部、左側(西側)の壁にも切り通しで見てきたのと同様の施設の部屋が並ぶ。
しかしそのいずれも金網や板によって入口が塞がれ内部に入る事はできなくなっている。
トンネル南口から入って最初に現れる2つの入口は金網の隙間から内部の様子が窺えた。
左は覗き窓のある細い通路、右は広めの部屋で正面の壁に奥へと続く2つの穴。
構造的に、さきほど切り通しで見てきた弾薬庫と同等の造りと思って良いだろう。
その次の部屋からは、ベニヤ板によって入口が封鎖されていたため中を覗く事はできず。
トンネルの中程まで進むと、ふたたび金網張りで内部を見る事のできる部屋があらわれた。
この部屋には四角柱に寸断された石材が転がっている。そしてその隣は部屋ではなく
上へ登っていく階段だ。階段上から光が差し込んでいるが外へ続いているのだろうか。
階段横に砲台地下施設の説明板があった。どうやら地下施設は2階建てのようで
この階段を上がっていけば2階の部屋にも行けたようだ。封鎖されているのが残念。
ちなみに明治時代の地図では、この付近に第1砲台指令所が。
昭和時代の地図では、防空指揮所があったと記載されていた。
階段付近を頂点に道は下り坂となり、この先の地下施設の入口は3つだけとなる。その内
手前の最も広い部屋の入口だけは金網張りで、残り2つは板張りだった。部屋の奥の壁に
書かれた孤独の文字。当時の駐屯兵の心の叫びか?でも時代的に書く方向が逆だな・・・
ここの板張りは劣化が激しく一部が破損しており、その隙間から内部を覗き見る事ができる。
左右に覗き窓のついた狭い通路。よく見ると天井に沢山カマドウマが・・・カマドウマトンネルだ。
これで一通り地下施設は見て回れたと思う。全長88.66mのトンネルを抜けて第1砲台跡へ進もう。
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