この年齢になっても、子供のことで気持ちが浮き沈むことがある。
そういうとき、つい自分の子育てを振り返る。あっという間のような、長い道だった
ような日々・・。
私の周囲の「子供を持たない人」の殆どは、比較的「子供好き」だ。
でもそれぞれ違う理由で子供がいない。子供が欲しかったけど不妊治療をやめた人も
いれば、ワケあって敢えて持たない選択をした人もいるし、自然に任せてそうなった
人もいる。
極めてプライベートなことなのに、彼女らの多くが周囲から「何故産まないの?」と
不躾に訊かれた経験を持ち、傷ついたと話す。実は私の姉の一人もそういう言葉に傷
付いた一人だった。(なので私たち姉妹は当時から他人にそういう言葉を浴びせなか
った・・と思う)
だけどもっと傷つくのは「子供のいないあなたには解らない」と言われたときだとい
う。姉は、今でもその話をするときは悔しそうだ。しかも一番悲しかったのは、姉が
私たちの子育てに口を挟み、やや批判染みたことを言った時に、母から「あんたには
解らんのよ」と言われた時だと、先日ポツリと私に言った。
母は愛情深くて頑張り屋で、苦労の中でも常に笑顔を絶やさない人だったが、悪気は
ないけれど正義感に溢れる人だったから、つい私たちの大変さを思うあまり、その言
葉が口をついて出たのだと思う。そう言えば、当時の母と姉はしばしば口論になって
いて、大抵は母の肩を持つ私だったけど、その言葉だけは姉が気の毒だと思った。
そして今、私は思う。子供を持たなければならなかった私たちは、「子育てをしなけれ
ば補えない多くの足りないものがあった」のだと。もちろん、子育てをしたからって
まだまだ補えないものだらけだけど、子育ての経験でやっと少しだけ母の大変さや苦
労が理解できた。
そう言えば昔、友人とお互いの結婚についての不満を話していた時、友人が何気なく言
ったのが、「結婚も子育ても、苦手なことを『修行』させられているのだと思ってしま
うよね」という言葉。確かに、今思えばそれは核心をついているなという気がする(笑)
子供を持たなかった人は、もしかしたら神様が『人として優れた人』と判断し、「子育
て修行」などさせる必要がないと、敢えて子供を設けさせなかったのではないかと思え
たりするのだ・・。
昨日からの寒さで今朝、とうとうコタツを出しました^^;
そういうとき、つい自分の子育てを振り返る。あっという間のような、長い道だった
ような日々・・。
私の周囲の「子供を持たない人」の殆どは、比較的「子供好き」だ。
でもそれぞれ違う理由で子供がいない。子供が欲しかったけど不妊治療をやめた人も
いれば、ワケあって敢えて持たない選択をした人もいるし、自然に任せてそうなった
人もいる。
極めてプライベートなことなのに、彼女らの多くが周囲から「何故産まないの?」と
不躾に訊かれた経験を持ち、傷ついたと話す。実は私の姉の一人もそういう言葉に傷
付いた一人だった。(なので私たち姉妹は当時から他人にそういう言葉を浴びせなか
った・・と思う)
だけどもっと傷つくのは「子供のいないあなたには解らない」と言われたときだとい
う。姉は、今でもその話をするときは悔しそうだ。しかも一番悲しかったのは、姉が
私たちの子育てに口を挟み、やや批判染みたことを言った時に、母から「あんたには
解らんのよ」と言われた時だと、先日ポツリと私に言った。
母は愛情深くて頑張り屋で、苦労の中でも常に笑顔を絶やさない人だったが、悪気は
ないけれど正義感に溢れる人だったから、つい私たちの大変さを思うあまり、その言
葉が口をついて出たのだと思う。そう言えば、当時の母と姉はしばしば口論になって
いて、大抵は母の肩を持つ私だったけど、その言葉だけは姉が気の毒だと思った。
そして今、私は思う。子供を持たなければならなかった私たちは、「子育てをしなけれ
ば補えない多くの足りないものがあった」のだと。もちろん、子育てをしたからって
まだまだ補えないものだらけだけど、子育ての経験でやっと少しだけ母の大変さや苦
労が理解できた。
そう言えば昔、友人とお互いの結婚についての不満を話していた時、友人が何気なく言
ったのが、「結婚も子育ても、苦手なことを『修行』させられているのだと思ってしま
うよね」という言葉。確かに、今思えばそれは核心をついているなという気がする(笑)
子供を持たなかった人は、もしかしたら神様が『人として優れた人』と判断し、「子育
て修行」などさせる必要がないと、敢えて子供を設けさせなかったのではないかと思え
たりするのだ・・。
昨日からの寒さで今朝、とうとうコタツを出しました^^;
「だから老後が寂しくて大変に..」などと、未だにそのことで不快な言葉が、身内から飛んできますね~。(怒)
うちは夫婦揃って子供が苦手で、きっと神様が「こいつらに育てられる子供が災難じゃ。」と判断してくださったのでしょう。
この件に関わらず「あなたは経験者じゃないからわからない」という考え方、要注意ですよね。
人が経験できることなどほんの少しですから、社会に対して何も言えなくなってしまいます。
それと「伝統的でないもの」「少数派」などに対して、上から目線で否定しがちです。
自分自身も場合によって、差別する側とされる側との両面があるのだろうと自戒しています。(汗)
いよいよコロナの第3波襲来のようですが、インフルエンザ等の通常の用心も含めて乗り切りましょう!
確かに、意識せずともそういう事が日常的にある気がします。(私も自戒を込めて)
私は「離婚」という場面で「差別される側」という立場になり、
それは今も「現在進行形」ですが、当時、長年の親友だった人から
「〇ちゃんがこうしたら良かったんじゃない?」と、
自分の夫との良好な関係を述べたうえで(恐らく悪気なく)アドバイスされ、
「上から目線」だなぁと感じたこともありました。
みなあんさんのように「死別」であれば、もう少し同情されたかも‥と思っていましたが、
言われてみれば「同情」も「上から目線」に感じたかもしれませんね・・。
ただ受け取る側の感じ方にもよるのかもしれませんが
「マウントを取りたい」だけでやる人もいて、
それを感じた時にムッとするのかもしれませんね。
数年前「結婚していない子供」の一人から、「辛辣な批判」と感じる言葉をぶつけられたとき、
一度だけ「あなたには解らないかもしれないけど」と言ったことがありました。
その時子供が返した言葉は「経験がないから解るはずがない」
思わず「だったら、批判するな」的な言葉を返したことが(笑)
売り言葉に買い言葉ですが、人って「自分が傷つい
たことだけ」が心に残りがちですよね;
あれ以来、「知らないことで他人を非難・批判しない」を、
自分自身も常に心に留め置いています。
でも仰るように「経験がないこと」でも意見を述べなければならない事もありますよね。
物事を「より良くしよう」との思いがあれば当然です。
「常に当たり障りのない」ことを言う人は「他人を傷つけたくない」
というより、「自分が傷つきたくない」場合が多いような気がします。
(こんなところでしか言えないワタシもワタシですがww)
お互い、コロナに打ち勝てるという年齢ではないかもしれませんからw
くれぐれもご用心なさってくださいねー☆