春は出会いと別れの季節。たくさんの感謝やエールが飛び交います。旅立つ人も送りだす人も、短い文章にそれぞれの想いを乗せて、誰かにメッセージを贈ったのではないでしょうか。
言葉には神秘的な力が宿ると考えられ、古代から言葉は「言霊(ことだま)」として大事にされてきました。 「よい言葉はよい未来につながる」「言葉は一人歩きするので要注意」「魂を乗せた言葉でないと心に響かない」などなど、「言霊」という考え方には、多くの先人たちからのアドバイスが詰まっています。
先日、「もらった手紙やメッセージカードは読んですぐに処分する」という発言をした人と、それを聞いて「情がない」と不愉快な顔をした人がいる場面に遭遇しました。手紙を送った側からすると、心を込めて書いたのだから短期間でも大切にしてほしいと思うのは当然でしょう。しかし、その直後、誰かが「でも、送ったのは自分の勝手だよね」と言ったことをきっかけに、「自分本位に行ったことで、相手に何等かの行動を求めるのは、送る側のエゴではないか」という話で、その場は一旦まとまったのでした。 相手にどうなって欲しい、どう感じて欲しい、という自分勝手な願望は捨てて、ただ言葉に想いを込めて贈り、そこから先は相手を信頼して任せる。そんな相手を尊重した言葉の贈り方をしてこなかった自分に気づかされた一場面でした。
検索機能の高度化、チャットGPTの登場と、私たちの使う言葉の重みや意味合いが刻々と変わってきています。 AIを介して発信させられる情報が氾濫する中で、私たちは、想いをのせた生きた言葉をどれだけ使っているでしょうか。
私たちが相互に発信しあう言葉の力をもう一度見直し、日々発する言葉を大切に丁寧に扱っていけたらいいですね。
参考文献
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki