遊民ヤギ爺

俳句と映画のゆうゆう散歩

ドレミの日

2020-06-24 16:03:56 | 日記

令和2年6月24日(水)

今日はドレミの日

1024年6月24日、イタリアの僧侶

ギトー・ダレッツオが、ドレミの音階を定めた。

この日、「聖ヨハネの祭の日」のために、僧侶

ギトーは合唱隊を指導している時、曲の音に

一定の規則が在ることに気付いた。

その曲の各小節の、最初の音に相当する歌詞の

「ウト、レ、ミ、ファ、ソレ」を使い発声練習

をさせたのが音階の始まりとされる。

後に、「ウト」が「ド」になり、「シ」が新に

加えられ、現在のようになった。

「聖ヨハネ賛歌」の歌詞の頭の、「UT」(ド)、

Resomare]」(レ)、「Mira」(ミ)、

「Famuli」(ファ)、「Solve」(ソ)、

「Labii」(ラ)、、、、ドレミファソラとなる。

 

ドレミの歌は、ミュージカル映画「サウンド・

オブ・ミュージック」に登場し、ペギー葉山さん

の日本語バージョンにより、一躍有名になった。

1965年に公開された「サウンド・オブ・ミュ

ージック」は、修道女見習いのマリアが、オース

トリアの名門ゲオルク家、トラップ大佐の7人の

子供達の家庭教師を依頼される。大佐に厳しく

育てられた子供達の心を徐々に解していく姿が

描かれる。中でも子供達をピクニックに連れ出し

歌の楽しさを基本から教えるシーン、、、、

「ドーは、Doe 雌シカ、、レーは、Ray 太陽

の金色のしずく、ミーは、Me 私のこと、、、」

この映画の最も有名なシーンである。

「サウンド・オブ・ミュージック」、基はアメリカ

ミュージカルの舞台が1959年に登場、、、

作詞:オスカー・ハマーシュタイン、作曲:リチャ

ード・ロジャース、歌はジュリー・アンドリュース

が歌い好評、後に映画化となりジュリー・アンドリ

ュースが主演をした。 アカデミー作品賞を得た。

1960年に、歌手のペギー葉山が渡米中にこの

ミュージカルを見て感銘をし、劇場でオリジナル

LP レコードを購入し、日本語の訳詞を手掛ける。

1961年(昭和36年)に発売され、翌年に

NHK「みんなのうた」で使用され知れわたる。

1965年(昭和40年)「ドレミの歌」で、

シングルレコード化され、大ヒットとなった。

ペギー葉山は後に、「ドはドーナツのドは戦時

中の集団疎開の時に、食べ物が乏しく一番食べ

たかったのは、母親の手作りのドーナツだった」

と自らの体験から歌詞を着想したと回顧した。

 

ドレミの歌(日本語版)

訳詞、歌 : ペギー葉山

ドーはドーナツのド、レーはレモンのレー

ミーはみんなのミ、ファーはファイトのファー

ソーは青い空、ラーはラッパのラー

シーは幸せよ、さあ歌いましょう

ドレミファソラシド、ドシラソファミレド

ドミミ、ミソソ、ラファファ、ラシシ

ソードーラーファーミードーレー

ソードーラーシードーレードー

どんな時でも、列をくんで

みんな楽しく、ファイトを持って

空をあおいで、ラーラ、ラララララー

しあわせのうたー、さあうたいましょうー

※後日、映画「サウンド・オブ・ミュージック」

 を、私のBRDより紹介します。

 

 

今日の1句

嬉しさやコロナ忘るる梅雨晴れ間   ヤギ爺