晴耕雨読、山

菜園・読書・山・写真…雑記

2022年の初日に

2022年01月01日 | 雑記

2022年の新しい年が明けた。近場のさきたま古墳公園にある丸墓山古墳から見つめる今年の初日。雲ひとつない東の空に一点の赤みを灯したと思ったら見る間に、大きな光となって現れた。地平を照らすこの力強さ、柔らかく優し気な陽射しに願いを託す。コロナがどうか静まりますように。そして、この古墳上に陣を張った石田三成の水攻めに耐えた忍城、遠望する威風堂々の冬富士にも力添えを。

   

    

       

 


北風吹く冬至の日に柚子風呂

2021年12月22日 | 雑記

今日は日の出が6時48分、日の入りは16時33分(ともに熊谷)、1年で最も日が短い。いわゆる冬至の日、柚子湯に入ると風邪を引かないと言われている。それを信じるわけではないが今日は北風が強く、すっかり身体が冷えてしまった。取り残しておいた庭の柚子を風呂の中に。柚子のエキスが染み込んだお湯に浸り、湯気とともに鼻孔をくすぐる柑橘系の香り。何とも言えぬこの気持ち良さが、寒さに萎える心身にもいいのだろう。但し、効果はたぶん一日だけ。冬本番は始まったばかりで年をまたぎ、これから。自身で風邪引きに注意しなければ。

 


12月、ゆずの収穫を

2021年12月02日 | 雑記

季節は晩秋から初冬に。風も一段と冷たくなり、晴れた空が青みを増して凛として広がる。庭の一角にあるゆずの木、今年は実の付きが良くない。去年は豊作だったから今年はその反動か。それでも1か月前には緑色がかった実が黄色に十分に色づいてきた。この後、香りは良くなるが果汁は減っていくと聞き、早速の収穫。取り終えてみると、そう落胆するほどの少なさでもない。自家用には十分な量だ。まだ少し、木に残してある。それはやって来る小鳥のおやつと冬至のユズ風呂用に。まだ酸っぱい青島ミカンはもう少し冬の陽で仕上げの甘みを期待今年最後の12月、いつもどおり足早に過ぎてゆく。

    

 


秋のビタミンC、ミカン実る

2021年11月03日 | 雑記

小さな庭の片隅で育てている4本の果樹。梅、ユズ、そして2本のミカン。そのミカンの1本が橙色を増して、食べごろとなってきた。適度に肥料をあげたせいか数えると100個近く。多少酸っぱさが残るものの去年より甘みも増したような気がする。自家消費する分には十分。そのそばにあるユズは例年どおり、12月には黄色に色づいて収穫できそう。もう1本の形が大きい青島ミカンのほうはまだ緑色が多く、あと少し。こうした柑橘系に多く含まれているというビタミンC。美容効果や老化防止はともかく、免疫力アップも期待しながら味を楽しみたい。

     

    


秋への助走、まずは彩りから

2021年09月19日 | 雑記

心配された台風の影響それほど無く通り去り、晴れ上がった日曜日。陽射しは強いものの風の爽やかさに誘われて近くを散歩。先日の荒川河川敷ではまだ早かったコスモスが気持ち良さそうに揺れる。そのまま、さきたま緑道に足を向けると前日の雨風に落ち葉が散乱。水たまりに映る景色に見上げると樹々の紅葉が始まっている。遊歩道沿いに咲く真っ赤な一列のヒガンバナ。気が付けば、あと10日ほどで10月に。夏から秋への季節の助走、まずはその彩りをゆっくりと楽しみたい。

     

         

 


パラリンピックのメダルに

2021年09月03日 | 雑記

パラリンピックが間もなく終了する。コロナの感染急拡大、医療崩壊のニュースが飛び交う中での開催。複雑な心境を抱えながらも先のオリンピックとは異なる感動。片腕、あるいは両腕無くとも力泳する選手、伴走者と息を合わせて走り抜ける視覚障害者、鍛え抜いた上半身と車椅子をパワフルに駆使するバスケやラグビー、ほかにも義足や義手、知的障害者の競技など目を見張る活躍を多く見た。力と技以上に、伝わってくる努力と挑戦心に拍手を送りたい。そして勝者に与えられるメダルにも注視してきた。実はこのメダル、デザイン考案者が知人の娘さんと知らされたからだ。メダルの表面には東京2020の点字表記、裏面は扇の要から放射状に生命力として花・木・水など日本の自然を凹凸で加工。加えて、側面には金・銀・銅の違いを施すなど「日本らしさと誰でも手に取って分かるデザイン」を意図したという。それが見事に体現されており、パラリンピックの「多様性」「共生」というテーマにも重なり合う。一方、私たちの社会を見渡したときに障害者への偏見や差別、生活の不自由が数多く残されているのではないか。一握りのパラアスリート活躍の称賛に終わらず、身近な現実にも目を向けていきたい。このメダルに、そう語りかけられたような気がする。

<写真は「TOKYO2020(パラリンピック)」HPより)

 

 




間もなくのパラリンピックに

2021年08月16日 | 雑記

先日、折り紙の得意なMさんからオリンピックのマスコットキャラクターをいただいた。終わったばかりでは?不思議そうな顔をすると「これからパラリンピックだから、まだいいでしょう」。そうですねと、ありがたく受け取って後で調べると左側が「ミライトワ」と言う名のオリンピック、右側がこれから始まるパラリンピックのキャラクター「ソメイティ」。「復興五輪」「福島原発はアンダーコントロールされている」など、まやかしの言葉で招致決定されて以来、興味を失っていたがそうだったかもしれない。そのオリンピック、さらに付け足しのキャッチフレーズ「コロナに打ち勝った証しとして」も消え、感染拡大が収まらない中で強行された。五輪中継を見なくとも朝夕の情報番組やニュースでは日本選手の活躍ぶりがひしめき合う。メダル獲得が速報で流されて嬉しくないはずがない。ただ、その同じテレビ速報で激増する感染者数も毎夕伝えられた。片や祝祭ムード、もう片方では医療崩壊で入院できない感染者が自宅で苦しんでいるという現実。同じ日本で、何かおかしくないか。何度目の緊急事態宣言?外出や飲食の自粛要請?遅れているワクチン接種は?若者ならずとも行動抑制の薄さは届きようがない。そして次のパラリンピックを来週に控える今、コロナ拡大はなお続いている。でも、病気や事故でハンディを負った選手のここまでの道のりを思うと心から声援もしたい。ここは、コロナ対策を主導してきた菅首相が正当性をふりかざすのではなく、「後手」「場当たり」の最たるワクチン対応を潔く謝罪し、パラ協力を訴えるべきではないか。これまでと違う国民に響く言葉で。何とか、感染数がこれ以上は増えないことを祈りたい。そして「ソメイティ」に込められた<冬の厳しい寒さも糧に花開く桜>ソメイヨシノのように健闘してほしい。

 

 


あなどるなかれ腸脛靭帯炎

2021年08月02日 | 雑記

2か月近く前の平標山で痛めた右膝がまだ治らない。整形外科での見立ては腸脛靭帯炎。(大腿骨の付け根から脛骨までをつなぐ太もも外側にある)腸脛靭帯が膝屈伸の摩擦によって起きた炎症とのこと。当日、午後の雷雨予報に年甲斐もなくピッチを上げ過ぎたことが原因のようだ。湿布や超音波のリハビリで良くなってきているが、膝を曲げるときの痛みや階段の登り、下りにはまだ苦労する。市民農園での草取りやウォーキングも軽めに切り上げる。予定していた7月の会津駒ケ岳や今月の北アルプス・涸沢行きは断念。ここは、じっくりと治すしかない。時間があるので再発防止にむけて山の本や関連図書で勉強。それによると、膝痛の予防として①体重やザックを軽くする②トレッキングポールで膝への負担を少なくする➂膝サポーターを活用する。他にテーピングやサポートタイツ、タンパク質を多く含む食事など。O脚の場合、膝の外側に負荷がかかって起きやすくなるので特に用心したほうが良いらしい。知っていても実行していないことが多い。登山前の準備運動や日常の筋力トレーニング、ストレッチなども大事なことだ。まずは次の山行からトレッキングポールを2本使用することにして、1本追加の購入。まぶしい夏空に湧く白い雲、風がそよぐ山道を早く歩きたい。

 

 

        


盛夏の8月、少しでも涼しさを

2021年08月01日 | 雑記

盛夏の八月に入った。湿気が無ければ木陰では何とかしのげる暑さ。それも照りつける陽射しの下では5分と歩けない。涼しさを分けてもらおうとご近所、熊谷駅恒例の階段アートを見に行く。”暑さ日本一”から”暑さ対策日本一”に看板を掲げなおした熊谷市の「涼しさ体験アート事業」の11回目。「涼しさ、水、青」をテーマに市内の児童・生徒の応募作品から選ばれた絵が駅正面口と北口の階段に。そこに至る通路上からは冷却ミストも吹き付けてきて、ひととき暑さを忘れさせてくれる。まだ来ていない40度近い猛暑の日、マスクの夏の今年は勘弁願いたい。

    


北北海道代表に帯広農業、”再甲”(さいこう)を実現

2021年07月25日 | 雑記

昨年はコロナ禍で中止となったため2年ぶりの開催となる高校野球、夏の甲子園。住んでいる地元ではこの20年、私学強豪校が甲子園出場を決めて興味も半減。近隣の公立校が早々と敗退する中で、例年応援している松山高校のベスト8までが見ものだった。それ以降は生まれ育った郷里・十勝地区と北北海道大会の行方。残念ながら母校は、実力校の白樺学園に勝利したものの地区代表決定戦で敗退。ということで北大会出場の十勝勢3校に応援をシフト。今日の決勝は帯広農業高校と帯広大谷高校の十勝勢対決となった。そうなれば公立の帯広農業を応援。今年は「バーチャル高校野球」で地方大会もライブ中継で見ることができる。パソコン画面をテレビにつないで応援、3時間近くの熱戦は帯広農業の勝利で終わった。昨夏も甲子園に出ることは出たが、これは中止となった春のセンバツに代わる一試合だけの交流試合。それも21世紀枠での出場。だが今年は実力で勝ち上がって得た甲子園のキップ。大方の予想を裏切って神宮野球準優勝校・健大高崎高校を破った昨年を上回る攻撃力と見た。第2戦以降への期待も大いにあるが、再び甲子園をめざす合言葉“再甲”(さいこう)で努力を重ねて実現した晴れ舞台。自然あふれる北の大地で育んできた溌剌としたプレーを全国にまた見せてほしい。体力づくりに選手が好んで飲むというきな粉入りの牛乳を飲みながらテレビ中継で応援したい。

(以下の画像は、朝日新聞社と朝日放送テレビが地方大会2400試合以上をライブ中継する「バーチャル高校野球」より)

    


いつもより早い梅雨明け

2021年07月16日 | 雑記

梅雨の終わりを告げるかのような激しい雷雨が2・3日続いて今日、梅雨明けの発表があった。去年より16日早く、平年より3日早いとのこと。そういえば1年前は7月末までの長梅雨だったことを思い出す。午後、市内吹上の荒川に向かうと河川敷に広がる黄色の小さな花。まだ夏になりきれていない雲の多い空に少し不満そう。でも時折り、雲間から差し込む強い光線は夏本番。これまで、うまく付き合ってきた雨から容赦ない猛暑がすぐにやって来る。窓辺のゴーヤのカーテンは実が多い分、陽を遮ってくれる葉が少ない。今年はエアコンを付け、ゴーヤチャンプルーで乗り切るか。

    


ワクチン接種2回目を終えたものの

2021年07月13日 | 雑記

コロナワクチンの2回目接種を終えた。近隣の自治体に比べて遅れていたワクチン接種。予約受付の前夜からパソコン画面で入力練習していたおかげで早々に予約が完了。しかし、そこまで準備していなかった地元の同世代の知人3人は、これから1回目の接種。2回目は8月の上・中旬とのことで怒り心頭。最近目にした資料によれば当市の65歳以上の2回目接種状況は27.7%(7/5現在)というから、これが実情のようだ。少なくともわが町においては、高齢者の接種は7月中には終わらない。そこで、記憶に新しい先週の菅総理の記者会見の発言。「予想を上回るペースでワクチン接種が進んでいる」「7月末までには希望する65歳以上の高齢者に2回接種を全国で終えられる予定」。元々は昨年10月国会での所信表明演説での約束(「来年前半までに全ての国民に提供できる数量を確保」)のワクチン調達の失敗を隠そうと急がせているだけではないか。ワクチン配布や接種体制の自治体への丸投げ、職域接種の推奨と停止、最近のワクチン不足など迷走、後手対応の連鎖。これまでの戦略なき感染対策の反省も無く、自画自賛のようによく言えるものだ。来週から始まるオリンピックを祝賀ムードで迎えられない人たちが大勢いる。我々もそうだが、緊急事態宣言下で酒類禁止の飲食店など悲惨なものだ。”今年の前半”である6月までに国民の大多数が接種を終えていれば、風景も違っていたはず。自分は打ち終えたからいい。だが64歳以下の働き手や若い人の接種は、まだまだ先だ。2回目の副反応なのか倦怠感が、そして怒りがわいてくる。

<「朝日新聞」2021年7月9日朝刊より>

     


ブログ開設10年目、ご覧いただき感謝いたします

2021年07月09日 | 雑記

今日、このブログが10年目を迎えた。最初の投稿が2011年7月9日、<笠ヶ岳(尾瀬)へ行ってきました>と書いた梅雨の晴れ間の山行記。何度も出かけた尾瀬だが初めての山。シラネアオイなどの花が咲く稜線を同じ菅笠の形の小笠を越えて山頂へ。千葉の山トモHさんと楽しく歩いたことを思い出す。以来、毎年その時期の投稿をタイトルで振り返ると2012年(7/9)<湿原と花の歓迎、田代山・帝釈山>、2013年(7/8)<暑いでなく、熱い~畑>、2014年(7/8)<古代蓮の里は人も満開>、2015年(7/9)<今年は久しぶりのマジメな梅雨>、2016年(7/14)<雨を夏野菜にあげたい>、2017年(7/7)<白水の滝で贅沢なひととき>、2018年(7/11)<今だからこそ『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』>、2019年(7/8)<”読解の舟”に揺られ「『平家物語』を読む」>、2020年(7/9)<雨はもう結構、市民農園で>と続く。この10年、山登りや市民農園での野菜作り、読書、途中から始めた写真など、趣味を中心とした日々を綴ってきた。ただ最近、この”晴耕雨読、山”も少し怪しくなってきた。先月痛めた足の治りが遅く、山の再開はもちろん畑の草取りも大変な最近。いつまで続くか分からない。無理をせずに背中の荷物を少し軽くしよう。そして、自分でも驚くブログの数字(合計アクセス数は訪問者28万2千人、総閲覧62万PV)に励まされて、もうしばらく歩いてみよう。あらためて、お訪ねいただいた皆さんに深謝です。

     

    

    

    

 

 


雨降る日に聴いた歌

2021年07月03日 | 雑記

7月に入って連日の雨。待ち望んでいたわけではないが本格的な梅雨の到来、それなりの過ごし方もある。溜めていた録画済みの紀行番組にしょうか、それとも目いっぱい図書館から借りた本でも読もうか。結局、本を手にして読み疲れたころ、何気なくスイッチを入れたラジオからの音楽。低音で、ささやくような、語りかけるような歌声にびくっとする。耳をすませば、ゆったりとしたメロディに乗って流れてくる言葉。そのひとつひとつが心に沁みてくるようだ。<♪元気でいますか・・・♪覚えていますか・・・♪寒い夜も雨の朝もきっとあったでしょう・・・(『明日への手紙』作詞・作曲/池田綾子)>。初めて聴いた手嶌葵(てしまあおい)という女性シンガーの歌。そぼ降る雨にげんなりしていた気持ちを優しく包んでくれた。心が疲れたときや元気がほしいとき、そして今日のような日にも、この人の歌声を聴いてみたい。

手嶌葵「明日への手紙(ドラマバージョン)」


京都からの便り~煎茶発祥の地

2021年06月20日 | 雑記

久しぶりに京都で単身赴任中の昔の仕事仲間、S氏から便りが届いた。京都と言えば宇治茶。新茶はとっくに出ており遅ればせながら・・・>と、お茶の産地へサイクリングで出かけたときの様子と写真。S氏は休日を利用して京都周辺の隠れた名所を訪ね歩く。観光名所ではないだけに毎回、初めて聞くところばかり。その探訪記も仕事以外でも勉強熱心な彼の一面が覗けて、参考になる話が多い。せっかくなので了解を得て、そのまま引用する。<今回は宇治市の東方の山間部にある京都府宇治田原町の様子です。宇治田原町は煎茶発祥の地とかで、江戸時代に永谷宗円という農家が茶葉の焙じ方を研究し、それまで抹茶しかなかったものを煎茶として気軽に飲めるように考案したのが最初だそうです。生家というのが山間の沢のどん詰まりに残っていました。(略)後裔が始めた会社が“永谷園”です。煎茶ではなくお茶漬けというところが泣かせます。>オチ(?)をつけたところも一緒に仕事をした頃の機転の良さを思い出す。人事異動で別れた後、氏はIT関連企業に転職して管理部門の重職にある。確か、ひとりで暮らす京都生活は20年近くになるはずだ。コロナ禍の中、周囲の自然風景に気晴らしを見つけ、これからも健康で仕事を続けてほしい。(S氏提供の写真=宇治田原町と下の2枚は永谷宗円生家)