「親父の遺品を整理していたら、大事そうにしまってあった書類が出てきたけど見るかん?」
4月に逝去された昇先生の長男の悟朗さんからの電話だった。
早速、借りてきてざっと目を通すと、その中に【出沢一族】の来訪の記録が整理されていた。
《長野の方に、長篠の戦いのときに出沢にかくまってもらったことを恩に感じて
【出沢】と苗字を変えた一族がある》
と話には聞いていたのだが、先生の資料によると、出沢と【出沢一族】との関わりは、
長篠の戦よりさらに90年程さかのぼって、1480年代からあったようだ。
佐久から伊那谷を越えて鳳来寺山に棲み付いたというのもすごい話だが、
500年以上の昔からというのも、通常の認識の範囲を越えている。
自分の氏にしてしまうほど、出沢を想ってくれている人たちがいる・・。
500年も語り継いだ人たちがいる・・。
少し重いが守り続けるしかないな【此処】を・・・・・。
この資料が私の目にふれることになったのも何かの縁であろう。
下記にアップしておいたので、興味のある方はご一読を。