よくお目にかかる
奥方
私より少しお若いかもしれない
脳こうそくの後遺症がいくつかあり
かなり肥満体
それで
ご主人様が毎日プールに連れてきて
渋る奥様を水中歩行させていらっしゃる
時には手を引いて 奥方はゆらゆらゆれて引かれていく
かなり 記憶力に問題があり ご当人は
ロッカーがどこだかわからない
杖をどこに置いたかわからない といい
「すみません」と周りの人にあやまり
「いやんなっちゃう」と嘆く
みんなそういう困ったときは手助けしますし
大丈夫よとみんな言う
今日は そのかた ロッカーがお隣
で 水着に着替えた後ロッカーに鍵をかけ
あら 帽子かぶらなくちゃと
またいすにすわり 周りの人と喋るうち
また帽子を忘れて プールへと立ち上がったので
「お帽子は?」と
声をかけて あ、そうだった帽子帽子とおっしゃるのを置いて
私はおばさんとプールへと歩いて行った
しかし
しばらくして現れた奥様は帽子なし
泳いでいるとき 同じレーンでご主人様とご一緒になったので
「奥様 お帽子ありました?」
と聞いたら
「僕取りに戻ったから 大丈夫」とおっしゃってました
ご主人が帽子は二つ持ってたのね
深層心理としては
たぶん 水中歩行 さぼりたい
そういう気持ちもあって 繰り返し忘れたんだと思います
でも
我が家のおばさんの水中歩行が終わるとき
「おばあちゃんは せっせと よく歩きますね
私も頑張らなきゃと思いますよ」
とおっしゃってました
「おばさん ほら みんなの希望の星になってるよ!」
さて その記憶が途絶えてしまうとき
とても心細いだろうなあと思います
私はめったと迷子にならないし
自分の位置がわかって動いています
それが 磁気の狂った磁石のように
道しるべが自分の脳みそになくなったとき
それは 怖いし 途方にくれますよね
ふだん わけもなく 確定した座標軸の中を
ちゃんと動いている気でいるけれど
それだって怪しいものな
でも その奥方は 優しい旦那様に連れてこられて
歩かされるのを迷惑そうに
時には デッキチェアーで横になって梃子でも動かん
というときもあるけれど
いい景色です