2011.3/25 915
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(92)
「夜のけしきいとどけはしき風の音に、人やりならず歎きふし給へるもさすがにて、例の、物へだててきこえ給ふ」
――夜ともなりますと、このあたりは風の音も一段とはげしく吹きすさんでくるのでした。ご自分の身から出たこととは言いながら、匂宮が侘びしさをかこってつまらない風に横になっておいでになりますのを、中の君はさすがにお気の毒に思えて、昼間のように几帳を隔ててお話などなさいます――
「千々の社をひきかけて、行く先長きことを契りきこえ給ふも、いかでかく口馴れ給ひけむ、と、心憂けれど、よそにてつれなき程のうとましさよりは、あはれに、人の心もたわおやぎぬべき御さまを、一方にもえ疎み果つまじかりけり」
――(匂宮が)ありったけの神々の名にかけて、この先決して変わらぬ愛情をお約束なさるのを、どうしてこのように口先がお上手なのかしら、きっとこのような調子で数々の女を……と、腹立たしくもありますが、離れていて冷淡にされる時の不愉快さよりは、こうしてのご対面ながらも、しみじみと心も和むに違いないご様子なのを、いちがいには疎んじ切ってしまえないのでした――
匂宮のご弁解をつくづくとお聞きになって、
(中の君の歌)「来しかたを思ひいづるもはかなきを行く末かけて何たのむらむ」
――今までの事を思い出しても心細く頼りない思いをしましたものを、どうして遠い将来まで当てに出来ましょう――
と、微かにおっしゃいます。匂宮は、せっかくお訪ねしましたのに中の君の打ち解けないご様子に、いっそう気が塞ぐ思いで、
(匂宮の歌)「行く末をみじかきものと思ひなば目の前にだにそむかざらまし」
――将来をはかないものと思われますならば、せめて目の前でだけでも、私に背かないでください――
と、この歌に続けて、
「何事もいとかう見る程なき世を、罪深くなおぼしないそ」
――万事すべてはこうして忽ち移ろいゆく世の中ですから、私を苦しめるような罪作りなことはお考えくださいますな――
と、お言葉をつくしてご機嫌をおとりになりますが、中の君は「気分がすぐれませんので…」と言葉少なにおっしゃって奥に入ってしまわれました。
◆人の心もたわおやぎぬべき御さま=人の心も・たおやぎぬべき・御さま=人の心を和らげずにはおかない(匂宮の)御物越し
では3/27に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(92)
「夜のけしきいとどけはしき風の音に、人やりならず歎きふし給へるもさすがにて、例の、物へだててきこえ給ふ」
――夜ともなりますと、このあたりは風の音も一段とはげしく吹きすさんでくるのでした。ご自分の身から出たこととは言いながら、匂宮が侘びしさをかこってつまらない風に横になっておいでになりますのを、中の君はさすがにお気の毒に思えて、昼間のように几帳を隔ててお話などなさいます――
「千々の社をひきかけて、行く先長きことを契りきこえ給ふも、いかでかく口馴れ給ひけむ、と、心憂けれど、よそにてつれなき程のうとましさよりは、あはれに、人の心もたわおやぎぬべき御さまを、一方にもえ疎み果つまじかりけり」
――(匂宮が)ありったけの神々の名にかけて、この先決して変わらぬ愛情をお約束なさるのを、どうしてこのように口先がお上手なのかしら、きっとこのような調子で数々の女を……と、腹立たしくもありますが、離れていて冷淡にされる時の不愉快さよりは、こうしてのご対面ながらも、しみじみと心も和むに違いないご様子なのを、いちがいには疎んじ切ってしまえないのでした――
匂宮のご弁解をつくづくとお聞きになって、
(中の君の歌)「来しかたを思ひいづるもはかなきを行く末かけて何たのむらむ」
――今までの事を思い出しても心細く頼りない思いをしましたものを、どうして遠い将来まで当てに出来ましょう――
と、微かにおっしゃいます。匂宮は、せっかくお訪ねしましたのに中の君の打ち解けないご様子に、いっそう気が塞ぐ思いで、
(匂宮の歌)「行く末をみじかきものと思ひなば目の前にだにそむかざらまし」
――将来をはかないものと思われますならば、せめて目の前でだけでも、私に背かないでください――
と、この歌に続けて、
「何事もいとかう見る程なき世を、罪深くなおぼしないそ」
――万事すべてはこうして忽ち移ろいゆく世の中ですから、私を苦しめるような罪作りなことはお考えくださいますな――
と、お言葉をつくしてご機嫌をおとりになりますが、中の君は「気分がすぐれませんので…」と言葉少なにおっしゃって奥に入ってしまわれました。
◆人の心もたわおやぎぬべき御さま=人の心も・たおやぎぬべき・御さま=人の心を和らげずにはおかない(匂宮の)御物越し
では3/27に。