永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(110)と(111)から解説

2016年03月26日 | Weblog
【解説】 (110)と(111)上村悦子著より。 2016.3.26

「いよいよ般若寺目指して行く途中、昔(応和二年七月)兼家と同行した山寺行きのことを回想して感慨にふける。寺に着くとまず外の景色に目をとどめて自然を丹念に描写している。唐埼、石山行きでつちかわれた作家的な眼である。身を浄めて御堂にと思っているところへ鳴滝参籠決行に驚いた兼家が急遽使いを作者の自宅によこした。そのため留守の侍女から作者にその詳細な報告があり、おっつけかならず山寺へも連絡があるだろうからその心づもりをするようにと言って来た。それを見ると作者は逆に湯を急がせてお堂にあがってしまう。多分兼家か、その意を受けた家司などが来ると予想して意地悪い(自分の参籠への意思の強さを示す心持もすこしはあるが、何よりも兼家が作者を捨ておかないで、あわてふためいて鳴滝にも何か連絡があるだろうと聞くと、ほっとして心に余裕ができて、逆にしらすような)態度に出たのである。追いかけられると、いやでもないのにもうすこしじらしてやろうと逃げるあの真理でもある。とにかく兼家の愛情を確認し得て作者も気が落着いたのであろう。」