永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(113)

2016年04月04日 | Weblog
蜻蛉日記  中卷  (113) 2016.4.4

「京へ物しやるべきことなどあれば、人出だし立つ。太夫、『昨夜のいとおぼつかなきを、御門の辺にて御けしきも聞かむ』とて物すれば、それに付けて文物す。『いとあやしうおどろおどろしかりし御ありきの、夜もやふけぬらんと思ひ給へしかば、ただ仏を、<送りきこえさせ給へ>とのみ祈りきこえさせつる。さてもいかにおぼしたることありてかはと思う給ふれば、今はあまえいたくて、まかり帰らんことも難かるべき心地しける』など、こまかに書きて、端に、『むかしも御覧ぜし道とは見給へつつまかり入りしかど、たぐひなく思ひやりきこえさせし。今いと疾くまかでぬべし』と書きて、苔ついたる松の枝につけてものす。」
◆◆京の我が家に言ってやりたいことがあったので、使いをだすことにしました。太夫が「昨晩のことが気にかかってなりませんので、ご本邸に寄って、ご様子を伺ってまいりましょう」というので、それに寄せて文を託しました。「なんと大げさなこちらへのお出ましでしたが、ご帰京はさぞ夜も更けてしまったことでしょうと、ただただ仏に『無事に京まで送ってさしあげてください』とばかりお祈り申し上げておりました。それにしましても、どのようなお考えで山寺までお出でになられたのかと、咄嗟にはかりかねましてすぐには極まりが悪くて、すぐに下山して帰京しかねる気持ちでした」などと、私の気持ちを細かく書いて、文の端に、「以前にあなたが私と一緒に御覧になった道だったと思いながら寺まで参りましたが、この上なくなつかしくあの頃を忍んでおりました。できるだけ早く山を下りるつもりでございます」と書いて、苔の付いているままの松の枝につけてやったのでした。◆◆



「あけぼのを見れば、霧か雲かとみゆる物たちわたりて、あはれに心すごし。昼つかた、出でつる人かへり来たり。『御文は、出でたまひにければ、男どもにあづけてきぬ』とものす。さらずとも返りごとあらじと思ふ。」
◆◆あけぼのの景色を見ていると、霧なのか雲なのかとおもわれるものが辺り一面に立ちこめて、しみじみとした心地でおりました。昼ごろ、出かけた道綱が帰ってきました。「御文は、父上が御外出されておりましたので、召使たちに預けて参りました」と言う。そうでなくても返事はないだろうとは思っていたことでしたが。◆◆

■太夫(たいふ)=五位官人の呼称。ここでは昨年叙爵した道綱をさす。道綱を大夫と呼ぶはじ
めての例。

■あまえいたくて=ひどく甘えて