永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(117)の2

2016年04月19日 | Weblog
蜻蛉日記  中卷  (117)の2 2016.4.19

「夕かげになりぬれば、『急ぐことあれば。え日々にはきこえず、おぼつかなくはあり。なほいとこそ悪しけれ。さていつともおぼさぬか』と言へば、『ただ今はいかにもいかにも思はず。今ものすべきこたあらばまかでなん。つれづれなるころなればにこそあれ』などて、とてもかくても出むも烏滸なるべき、さや思ひなるとて、腹立たしと思ふなる人の言はするならん、里とてもなにわざをかせんずると思へば、『かくて、暑きほどばかりと思ふなり』と言へば、『期もなくおぼすにこそあなれ。よろづのことよりも、この君のかくそぞろなる精進をしておはするよ』と、かつうち泣きつつ車にものすれば、ここなるこれかれ送りに立ち出でたれば、『御許たちもにな勘当に当り給ふなり。よくきこえて、はや出だしたてまつり給へ』など言ひ散らして帰る。このたびの名残はまいていとこやなくさうざうしければ、我ならぬ人はほとほと泣きぬべく思ひたり。」

◆◆あたりが暮れかかってきたので、使いが「帰りを急ぎますので、とても毎日はお訪ね申しあげられませぬ。ほんとうに気がかりでなりません。どう考えてもよろしくございません。それでいつご帰宅かお心づもりはございませんか」と言うので、「ただ今のところ少しも考えておりません。そのうち帰る必要があれば下山いたしましょう。いずれにせよ、所在無くいるところですので」などと答えて、内心では、どういう帰り方をしても、今さら帰っては笑い者になるに決まっている、そういう考えで山を下りないのであろうと思っているあの人が、下山を勧めるのであろう、今、里に戻っても何をすることがあろう。勤行しかないではないか、と思いながら、「こうして暑いあいだはと思っているのです」と言うと、「いつという期限もなくおおもいなのですね。それはさておき、この若君(道綱)が無用の精進をなさっておいでなのがお気の毒で」と、一方では下山を説得しつつも泣きながら車に乗るので、こちらの侍女たちが見送りに出ますと、
「あなたたちも皆、殿のお叱りを受けなさるぞ。よくよくお話申し上げて、早くこの山からお出し申し上げてください」などとさんざん言って帰って行きました。このたびの皆が帰った後の気持ちはこれまで以上に寂しくなったので、私以外の侍女たちは今にも泣き出しそうな思い出でいました。◆◆