蜻蛉日記 下巻 (181) 2017.4.2
「帰りて三日ばかりありて、賀茂に詣でたり。雪風いふかたなう吹りくらがりてわびしかりしに、かぜおこりて臥しなやみつるほどに、霜月にもなりぬ。しはすもすぎにけり。」
◆◆帰ってからまた三日ばかり後に、賀茂神社にお参りをしました。雪と風がひどくふぶいて、あたりが暗くなり、とても辛かったうえに、風邪をひいて寝込んで悩んでいるうちに、十一月にもなり、やがて十二月もすぎてしまいました。◆◆
「十五日、地震あり。大夫の雑色の男ども、『地震す』とてさわぐを聞けば、やうやう酔ひすぎて『あなかまや』などいふ声きこゆる、をかしさに、やをら端のかたにたち出でて見やりたれば、月いとをかしかりけり。」
◆◆一月十五日には儺火がありました。道綱の召使いたちが、「儺火をする」といって騒いでいるのを聞いていると、だんだん酔いが回って、「しっ、静かに」などという声が聞こえてくる。興味をそそられて、そっと端近に出て外を見てみると、月がたいへんきれいでした。◆◆
「東ざまにうち見やりたれば、山かすみわたりていとほのかに心すごし。柱により立ちて、思はぬ山なく思ひ立てれば、八月より絶えにし人、はかなくてむ月にぞなりぬるかし、とおぼゆるままに、涙ぞさくりもよよにこぼるる。さて、
<諸声にまくべきものを鶯はむつきともまだ知らずやあるらん>
とおぼえたり。
◆◆東の方を見わたすと、山一面に霞が渡ってほんのりとして見え、一段と寂しい気持ちになるのでした。柱に寄りかかって、どこでもいい、山に姿を隠してしまおうかと思いながら立っていると、八月以来訪れのないあの人は、あのまま音沙汰なくてとうとう正月になってしまったのだなあと思うと、涙がしゃくりあげるようにこみ上げてきました。そこで
(道綱母の歌)「一緒に泣いてくれるはずの鶯はまだ正月になったことを知らないのだろうか。私はただ独りで泣いてばかりいます」
■地震(なゐ)あり=儺火か? 確実なところは分らない。一説には、正月十四日の夜から十五日にかけてと十八日に行われた。陰陽師による悪魔祓いの行事。火祭り、だとも言う。
■うぐいす=正月は鶯が山から里に出てくる時という。
「帰りて三日ばかりありて、賀茂に詣でたり。雪風いふかたなう吹りくらがりてわびしかりしに、かぜおこりて臥しなやみつるほどに、霜月にもなりぬ。しはすもすぎにけり。」
◆◆帰ってからまた三日ばかり後に、賀茂神社にお参りをしました。雪と風がひどくふぶいて、あたりが暗くなり、とても辛かったうえに、風邪をひいて寝込んで悩んでいるうちに、十一月にもなり、やがて十二月もすぎてしまいました。◆◆
「十五日、地震あり。大夫の雑色の男ども、『地震す』とてさわぐを聞けば、やうやう酔ひすぎて『あなかまや』などいふ声きこゆる、をかしさに、やをら端のかたにたち出でて見やりたれば、月いとをかしかりけり。」
◆◆一月十五日には儺火がありました。道綱の召使いたちが、「儺火をする」といって騒いでいるのを聞いていると、だんだん酔いが回って、「しっ、静かに」などという声が聞こえてくる。興味をそそられて、そっと端近に出て外を見てみると、月がたいへんきれいでした。◆◆
「東ざまにうち見やりたれば、山かすみわたりていとほのかに心すごし。柱により立ちて、思はぬ山なく思ひ立てれば、八月より絶えにし人、はかなくてむ月にぞなりぬるかし、とおぼゆるままに、涙ぞさくりもよよにこぼるる。さて、
<諸声にまくべきものを鶯はむつきともまだ知らずやあるらん>
とおぼえたり。
◆◆東の方を見わたすと、山一面に霞が渡ってほんのりとして見え、一段と寂しい気持ちになるのでした。柱に寄りかかって、どこでもいい、山に姿を隠してしまおうかと思いながら立っていると、八月以来訪れのないあの人は、あのまま音沙汰なくてとうとう正月になってしまったのだなあと思うと、涙がしゃくりあげるようにこみ上げてきました。そこで
(道綱母の歌)「一緒に泣いてくれるはずの鶯はまだ正月になったことを知らないのだろうか。私はただ独りで泣いてばかりいます」
■地震(なゐ)あり=儺火か? 確実なところは分らない。一説には、正月十四日の夜から十五日にかけてと十八日に行われた。陰陽師による悪魔祓いの行事。火祭り、だとも言う。
■うぐいす=正月は鶯が山から里に出てくる時という。