ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

幽霊の正体見たり枯れ尾花(憑きモノ体験)

2015-07-31 21:45:44 | 病状
 断酒を揺るぎなく継続するために、「正直に・・・、素直に・・・」体験談を語るときの心構えとしてよく言われることです。ところが悩みの渦中にあると、当事者過ぎて見えないことの方が多いのです。

 正直にと言われても、「モヤモヤ・イライラしていながら、一体何に悩んでいるのかハッキリとは分からない」、というのが正直な(?)ところだと思います。何かありそうだけれども、今は話しようがないから話せない、または、話さない方がいいか(?)とさえ思うこともあるのです。戸惑うばかりで心底もどかしいというのが本音ではないでしょうか。

 語れなかった悩みというものには、それが解消された後で、初めてあれは “憑きモノ” だったと思えるものがあります。何かに執着したり、固執したりして、雁字搦めの状態に自分を追い込んでいたことに納得し、“憑きモノ” に付き纏われていたと思い当たるのです。“憑きモノ” が落ちて、やっと正直に語れるようになったというのが私の実感です。

 読売新聞に “発言小町” という読者の万(よろず)相談を扱うコラムがあります。掲示板形式のコラムです。深刻な相談ばかりでなく、爆笑を誘う奇想天外な相談もあり、かつて贔屓にしていました。“憑き物” をネット検索したところ、【憑物が落ちるような経験】という相談がこのコラムに掲載されているのを見つけました。

 相談者(トビ主)は女性で、読者にそのような経験が有るのか?何がそのキッカケだったのか?を質問していました。トビ主自身、2度の “憑きモノ” 体験があったと言います。歩行者のマナーの悪さに通勤時いつも苛立っていたことと、ダイエットが不調のために過食嘔吐にまでコトが進んでしまったことの2つです。歩行者に悪気がないと気付いたことと、ダイエットを諦めたことがキッカケで、それぞれの “憑きモノ” が落ちたそうです。ご本人にしてみれば堪えがたいことで、特に後者は相当深刻だったと思います。“憑きモノ” が落ちた後(?)、トビ主の方は色々勉強されたのだと推察されました。

 この投稿に18通のコメントが寄せられました。“憑きモノ” が落ちた体験者からのものが12通、この道に明るい専門オタク(?)からの助言が4通、野次馬のものが2通でした。出だしの2通が体験者のものではなく専門オタクからのものだったので、最初はヤラセの出来合いレースかなと思ってしまいましたが・・・。これは体験した人でなければ分からないコメントがあったので、ついつい惹きつけられました。

 「憑きモノが落ちるような体験ならあります。ふとあるときに、それまですっきり決断できなかったことが、本当に腑に落ちて納得できたというパターン。諦めきれなかったことを諦めた、うすうす感づきながら直視したくなかったことを自覚した、とか。自然な流れの中で、それまで考え続けてきたからこそ、一瞬の気づきにたどり着いた、という感じです。」“憑きモノ” が落ちた瞬間を見事に言い表しています。

 他のコメントで述べられていた “憑きモノ” が落ちたキッカケは次のような場合でした。

  ○ 諦めたこと
  ○ 友人が別の考え方を助言してくれたこと
  ○ 自分を突き放してみたこと
  ○ 断舎利したこと
  ○ 転居・転職(原因を除去)したこと
  ○ 死というものが理解できたこと

 認知パターンの修正・変更や、悟りに似た諦観がキッカケだったと読み取れました。どのコメントにも心に響くものがあり、体験談はやはり違うものだと分かりました。

 一方で、専門オタクから寄せられた指導は次の3つでした。

  ○ “憑きモノ” は認知の歪み、脳の癖。だから “憑きモノ” の
    正体(真実)を知ればよい
  ○ 考え方をそれまでの視点から変えて、違った角度から見直し
    て考えればよい
  ○ (うつ病に対する光療法を念頭に)生活パターンを早寝・
    早起きへと改善すればよい

どれも至極まともな助言なのですが、単なる解説か、あるいは対症療法的であるかのどちらかで、脱出への道筋が今一つ具体的に見えて来ないのです。

 私の場合のキッカケは、会社勤務時代に先輩へ抱き続けた病的な嫉妬の理由を自分史を綴りながら考え続けたことや、病的に嵌ってしまったAV動画の場面展開をヤケクソになって夢中で叙述したことでした。眼を曇らせていた “憑きモノ”、その正体が何モノなのか見えないままに諸々のことを叙述し続けていたら、急に視野がひらけ正体が見えるようになったのです。それで “憑きモノ” に囚われていたことに初めて気づきました。言語化による捨象とでもいうべき効用なのかもしれません。言語化のお蔭で問題の核心部分に辿りつけたのだと考えています。

 “憑きモノ” に囚われていた間はいつも心がスッキリせず、モヤモヤしている状態でした。それが普通だと思っていましたから、医師へも相談せず、ましてこれこそがAAで話すべきことだとは思いも寄りませんでした。“正直に” と言われても、難しいことはあるのです。


“発言小町”の【憑物が落ちるような経験】と『回復へ―アル中の前頭葉を醒まさせる』も併せてご参照ください。


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