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●冤罪(その1/2): どんな力学が働いているのか?

2013年02月09日 01時00分16秒 | Weblog


山岡俊介さんのアクセスジャーナルの記事(http://www.accessjournal.jp/modules/weblog/、2012年12月29日)で、和歌山毒カレー事件の林眞須美(林真須美)氏について。魚住昭さんの『魚の目』(http://uonome.jp/)に出ていた守大助氏の冤罪に関する一連の記事(http://uonome.jp/article/uozumi-wakimichi/2677http://uonome.jp/article/uozumi-wakimichi/2692http://uonome.jp/category/article/uozumi-wakimichi)で、こちらはまだ継続中。

 和歌山毒カレー事件林眞須美林真須美)氏にしろ、仙台の筋弛緩剤混入事件守大助氏にしろ、なぜ有罪が確定しているのか、理解できない。真面目に裁判官は審議しているのか? 妙な力学か、妙な思い込みか? 分析を委託された大阪府警科捜研の酷さ? 守大助氏についての冤罪の背景は魚住昭さんの記事で、今後、明らかになってくると思う。

   『●『週刊金曜日』(2012年10月19日、916号)についてのつぶやき
   『●冤罪: 筋弛緩剤事件の守大助氏
   『●兵庫県警調書捏造など諸々についてのつぶやき

 和歌山毒カレー事件事件の無茶苦茶ぶりは以下の通り。

   『●和歌山県警科学捜査研究所の鑑定結果捏造事件と
                     和歌山毒カレー冤罪事件、そして死刑制度
   『●『創(2009年7月号)』
   『●『創(2009年6月号)』(2/2)
   『●『冤罪File(No.06、2009年6月号)』

  「日本の司法の歴史は、絶え間ない冤罪の歴史」であり、それをそれを修正する力があまりに弱い。

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http://www.accessjournal.jp/modules/weblog/、2012年12月29日】

2012/12/29
<記事紹介>「和歌山カレー事件に新展開!?  鑑定担当者が『証拠捏造』で退職」(『週刊朝日』1月4・11合併号)
執筆者: Yamaoka (6:40 pm)

 自治会の夏祭りに出されたカレーを食べた住民4名が死去したこの事件、林眞須美(51)の死刑が確定している(再審請求中)が、未だ謎が多いのも事実。
 林死刑囚は一貫して無罪を主張しているが、その最大の証拠とされるヒ素の鑑定を担当した科学捜査研究所の主任男性研究員が12月17日、証拠品の鑑定結果を捏造したとして書類送検されると共に、懲戒3カ月の停職処分を受け、同時に、依願退職したと『週刊朝日』が報じている。
 誤解のないように断っておくが、書類送検などの対象になったのは2010年5月以降の7件で、和歌山カレー事件のものは含まれていない。
 しかし『週刊朝日』は、この研究員は一連の捜査で、カレー事件の捜査時期に当たる98年から03年にかけての19件でも捏造があったことが発覚しているとして疑義を呈している。

・・・・・・。
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http://uonome.jp/article/uozumi-wakimichi/2677

わき道をゆく第11回
2013 年 1 月 10 日 魚住 昭

 仙台の筋弛緩剤混入事件を読者は覚えておられるだろうか。
 00年ごろ、仙台市の北陵クリニックで点滴溶液に筋弛緩剤が混入され、入院患者ら十数人の容体が相次いで急変したとされる事件である。

 宮城県警は01年1月初め、北陵クリニックにひと月前まで准看護師として勤務していた守大助氏(41)を逮捕。仙台地検は5人の患者(うち1人死亡・1人意識不明の重体)に対する殺人・殺人未遂罪で守氏を起訴した。
 この間、テレビはもちろん新聞も「背筋凍る“恐怖の点滴”」「20人近く容体急変 うち10人が死亡」などと大々的な報道を繰り返し、前代未聞の病院内無差別殺人に日本中が騒然となった。
 守氏は逮捕当日、犯行を認める調書に署名し、「待遇に不満があった 」「副院長を困らせたかった」と動機も供述したとされるが、3日後から全面否認に転じた。
 彼は裁判で一貫して「僕はやってない」と訴えたが、1審の仙台地裁、2審の仙台高裁ともに有罪を認定。08年2月、最高裁の上告棄却で無期懲役が確定した。
 それから4年後の今年2月、守氏の弁護団は新証拠を携えて仙台地裁に再審請求した。弁護団長の阿部泰雄さん(仙台弁護士会)は「この再審は勝てる。私たちが新たに出した科学的データで守君の無実を証明できる」と語る。
 もともとこの事件には不審な点が多かった。犯行の目撃者がいない。動機もはっきりしない。そして何より、患者の血液や点滴液から筋弛緩剤を検出したとする鑑定に重大な疑問があった。
 私は再審請求書を読んで 強い説得力を感じた。新証拠には有罪判決を揺るがす力がある。日本の司法の歴史は、絶え間ない冤罪の歴史だ。今も獄中で身に覚えのない罪科に呻吟する人が数多いはずだ。筋弛緩剤事件の真相を問い直す作業も無意味ではないだろう。
 何はともあれ新証拠の内容をご説明したい。が、その前に裁判で浮上した鑑定の疑問点を2つ挙げておこう。1つは筋弛緩剤を点滴ボトルに混入させるやりかたで果たして人を死に至らしめることができるのかという疑問だ。
 筋弛緩剤(マスキュラックス)は手術時などに静脈注射するもので点滴投与を想定していない。そのうえすぐに血中から排泄される(半減期11分)から、点滴でゆっくり投与した場合に効くかどうか、実際にはわからない。仮に効くとしても、膨大な量が必要だと専門家は指摘する。
 だが、裁判所は東北大名誉教授の「効くと思いますの証言だけで効果を認定した。本来なら効果が出るのに必要な量と時間の科学的立証がなされるべきだろう。
 もう1つの疑問点は鑑定のやり方そのものだ。宮城県警の依頼を受けた大阪府警の科学捜査研究所は「患者の血液や点滴液からマスキュラックスの成分・ベクロニウムが検出された」と鑑定した。
 その根拠はベクロニウムの標品(標準サンプル)と、血液・点滴液を比較分析した結果、どちらからも同じm/z258イオンが検出されたからだという。
 だが、専門家たちはベクロニウムからm/z258イオンが検出されるはずがないと断言する。科捜研の鑑定は科学の常識からかけ離れたも のだというのである。
 そんな時は血液や点滴液の残りを再鑑定すればシロクロがはっきりする。だが、科捜研は鑑定で全量を使い切って再鑑定をできなくしていた。血液や点滴液は鑑定に必要な量の何十倍、何百倍とあったにもかかわらずである。捜査の常識では考えられないことだ。
 弁護団は2審でベクロニウム標品の鑑定を求めた。m/z258イオンが検出されないことを立証するためだ。だが、裁判長はそれを却下し、わずか4回の公判を開いただけで結審させてしまった。
 今回の再審請求で弁護団が出した新証拠の柱の1つが、そのベクロニウム標品の鑑定結果である。
 志田保夫・前東京薬科大薬学部中央分析センター教授に依頼して実験してもらったところ、どういう条件下でもベク ロニウムからm/z258イオンが検出されることはあり得ないという結論が出た。
 つまり守氏の犯行の決定的証拠とされた鑑定結果が誤っていることが明らかになったのである。
 新証拠の2つ目は、00年10月末、北陵クリニックで点滴後に意識不明になった小学6年の女児についての長崎大医歯薬学総合研究科・池田正行教授の意見書だ。
 池田教授は女児のカルテや母親の供述などを詳しく分析した結果「容体急変の原因は筋弛緩剤の投与ではなく、ミトコンドリア病メラスである」と診断した。
 ミトコンドリア病は、細胞中のDNAの異変によって起きる急性脳症で、中でもメラスは脳卒中のような症状などを伴う。ただこの病気が知られるようになったのは90年代以降のことで、01年当時はまだ北陵クリニックや、女児が転送された仙台市立病院では知られてなかったという。
 女児は腹痛を訴え、嘔吐を繰り返したため北陵クリニックで受診した。その後、「物が二重に見える」と言って目をパチパチさせ、ろれつの回らないしゃべり方をするようになった。そして頭を左右に振り、手足の痙攣を起こし、脈が遅くなって心肺停止状態になった。
 これらの症状を全部説明できるのはミトコンドリア病メラスしかなく、目のパチパチや痙攣、心肺停止などはマスキュラックスの薬効と明らかに矛盾するという。
 池田教授はこの女児の症状について医師1000人にアンケート調査した。その結果、7割近くがメラスと答え、筋弛緩剤と回答したのはわずか3人だったという。
 阿部弁護団長は「北陵クリニックは当時、赤字穴埋めのため高齢者や重症患者を次々と受け入れていた。そのうえ救命措置ができる医師が辞めたので、容体が急変する患者が増えたのは当然のこと。その責任をすべて守君にかぶせた」と指摘し「この事件は、事件性のない冤罪なんです」と言った。
 私は千葉刑務所で服役中の守氏に会おうと思った。「無実の守大助さんを支援する首都圏の会」事務局長の藤沢顕卯さん(39)に頼み込んで手配してもらった。
 当日朝、JR千葉駅に国民救援会千葉県本部の岸田郁さん(42)が車で迎えに来てくれた。約10分で千葉刑務所に着き、古い煉瓦造りの門をくぐって中に入った。守氏との面会の模様は次号でお伝えしたい。(了)

(編集者注・これは週刊現代連載「わき道をゆく」の再録です。

参照文献・「人権と報道 連絡会ニュース第280号」「無実の守さんを支援する首都圏の会」サイト)
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http://uonome.jp/article/uozumi-wakimichi/2692

わき道をゆく第12回 
北陵クリニック残影
2013 年 1 月 18 日 魚住 昭

 千葉刑務所の面会室はとても狭かった。縦横1・5㍍前後のスペースしかない。
 そこに日本国民救援会千葉県本部の岸田郁さん(42)と岡山県本部の中元輝夫さん(75)と私が入るとすぐ、透明なアクリル板の向こうに元准看護師の守大助氏(41)が姿を見せた。
 緑色のズボンに灰緑色の作業服。頭髪は黒々としたスポーツ刈りで、顎の線がやや尖っている。
 十数年前の写真と比べると、痩せて引き締まったようだ。
「どう、元気?」と、岸田さんがまず声をかけた。
「ええ、元気です」。彼は椅子に腰を降ろしながら笑顔で答えた。
 顔は青白いが、声には張りがある。笑うと目尻に皺が何本か寄る。
 彼が仙台筋弛緩剤事件で逮捕されたのは01年のことだ。法廷で無 実を訴えたが、08年に無期懲役判決が確定した。現在、新証拠をもとに再審請求中である。
 許された面会時間は20分。しかも今回の面会の主役は岡山から来た中元さんだから、私は邪魔にならぬよう、彼らの会話に耳を傾け、守氏を観察することにした。
 中元さんが「いま一番やってほしいことは何ですか」と聞いた。
「全国の人たちに真実を広めてほしいんです。僕はやっていない。やっていないからこうして皆さんに会えるんです。やっていたら(後ろめたくて)会えませんよ」
 守氏は少し早口で言った。だが、声に刺々しさや苛立ちは感じられない。滑らかで落ち着きがあった。
 中元さんは「(新証拠で)冤罪が明白になったのに、日弁連はまだ守君の再審支援を決定していない。 対応が遅すぎる」と憤った。
 日弁連の支援は再審の成否にも影響する。いつになったら決まるのかと、守氏も気が気ではないだろうと思っていたら、違った。
「日弁連もたくさん冤罪事件を抱えて大変なんでしょう。それに日弁連の支援なしで再審開始決定が出た事件もありますから。もちろん僕は早くここから出たい。だけど、焦らず、ゆっくりやろうと自分に言い聞かせているんです」
 と、中元さんをなだめるように言った。優しげな笑顔を時折浮かべながら、相手の目をまっすぐに見る。これが、あの「恐怖の点滴男」だろうか?
 事件当時の集中豪雨のようなマスコミ報道でつくられたイメージと、目の前に座っている生身の人間との落差が大きすぎて、どうにも1つに重ならない。
 制 限時間が終わりに近づいたころ、彼は私の方を見て、
「いちばん悔しいのは、検察が証拠隠しをしていることです」
 と言い、こうつづけた。
東電OL殺害事件では被害者の爪のDNA鑑定をして最終的にマイナリさんの無実が証明され、検察もようやく無罪主張せざるを得なくなったでしょう。僕の事件でも検察が証拠を全部開示するよう裁判所が命令してほしい。そうすれば真実が明らかになる」
 確かにこの事件には「証拠隠しと疑いたくなることがいくつもある
 その1つは、守氏が犯行に使ったとされる筋弛緩剤の空アンプル(検察は19本あると主張)の開示を検察が拒んだことだ。替わりに出してきたのは8本、6本、5本に分けて撮った写真で、しかもロット番号が見えない角度から撮影されている。これでは本当に19本あるかどうかも分からない。
 そもそも裁判で犯行に使われた凶器(空アンプル)を開示しないことが許されていいはずがない
 もっとひどいのは鑑定である。北陵クリニックで容体が急変した患者5人の血液や尿、点滴液の鑑定は、宮城県警の依頼で大阪府警の科学捜査研究所が行った。
 科捜研は筋弛緩剤の成分・ベクロニウムの標準サンプルと、患者の点滴液や血液などを比較分析した結果、双方から同じm/z258イオンが検出されたから、点滴液に筋弛緩剤が混入されたのは間違いないと結論づけた。
 だが、法廷に証拠として提出されたのは、結論だけを書いた鑑定書のみだ。通常ならその結論に至るまでの様々な分析データを記録している はずの実験ノートは作ってない(科捜研)の一言で提出されずに終わってしまった。
 本当にまっとうな鑑定が行われたのか。意識不明の重体になった小学6年生(当時)女児から1週間後に採取した尿の例を見てみよう。科捜研は尿から1㍉㍑あたり20・8ナノグラムの高濃度でベクロニウムが検出されたと言う。
 しかしベクロニウムは投与後24時間以内に尿中に排泄されるから、7日後に20・8ナノグラムもの高濃度で尿中から検出されることは科学的にあり得ない。それだけで鑑定の信用性は瓦解する。
 しかも科捜研は患者らの血液など全量を使い切って再鑑定を不能にしていた。これは「犯罪捜査規範」186条の「鑑識に当たっては、なるべくその全部を用いることなく一部をもって行い、残部は保存しておく等再鑑識のための考慮を払わなければならない」という規定を無視した行為である。
 さらに今回の再審請求で、ベクロニウムの標準サンプルからm/z258イオンが検出されたという科捜研鑑定の前提そのものが誤っていたことが立証された。
 なぜ、こんなデタラメな鑑定が行われたのか。弁護側の意見書を書いた長崎大の池田正行教授は「司法事故を考える」という自らのサイトでこう指摘している。
 いま世界標準となっているベクロニウム検出法は事件当時、確立されておらず、まともな鑑定は不可能だった。そのうえ試料の保存条件の悪さなど悪条件が重なり、「結局彼ら(=科捜研)はそれまでに自分たちで手探りで組み立てた『独自の方法』(略)しかなく、自分たちの方法でも実験条件を検討する十分な時間さえ与えられずに、とにかく結果を出さざるを得ない立場に追い込まれて、パニックになり、後でどうにも説明できない報告を出してしまった
 池田教授は5人の患者の症状から見て「ベクロニウム中毒」は誤診だとはっきり言い切っている
 だとしたら、北陵クリニックで患者の容体急変が多発したのはなぜか。あるいは裁判所がそれほど明白な欠陥鑑定を根拠に守氏に有罪を言い渡したのはなぜか。その理由をきちんと示してくれと、読者は言われるだろう。
 守氏に面会して数日後、私は仙台市郊外の北陵クリニック(01年3月閉鎖)の元敷地に立った。
 JR仙台駅から北北西に約10㎞。閑静な住宅街の外れで、周囲に林や田畑が広がっ ている。
 ここに91年、ベッド数19床の北陵クリニックが開業した。その経緯まで遡ると、事件の謎を解くカギが1つ見えてくる。(了)

(編集者注・これは週刊現代の連載「わき道をゆく」の再録です)
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http://uonome.jp/category/article/uozumi-wakimichi

わき道をゆく第13回 
Back to 91
2013 年 2 月 6 日魚住 昭

 仙台・筋弛緩剤事件の真相を探る旅をつづけている。
 今回は、事件の舞台となった北陵クリニック(仙台市泉区)の生い立ちをたどってみたい。
 クリニックの生みの親は、FES(機能的電気刺激)療法の権威として知られた東北大医学部のH教授(当時)である。
 FESは、脳卒中や脊髄損傷で動かなくなった手足に細い針金状の電極を埋め込み、そこにコンピューター制御の電気刺激を与えることで手足が再び動くようになるという“夢の治療法”だった。
 H教授はそのFES研究・開発の母体となる世界初の医療機関として91年、北陵クリニックを開設した。地域医療にも応じられるよう小児科、内科、整形外科などの診療科目も設けた。教授は国家公務員なので表には出ず、代わりに妻のI子医師(小児科)を副院長に据えて経営にあたった。
 FES治療の研究は98年、科学技術庁(当時)が進めていた「地域結集型共同研究事業」に認定され、国と県から巨額の補助金を得た。事業が成果を挙げれば、新産業が創出されるというので地元銀行・電力会社・医師会などの名士たちが病院理事に名を連ねた。
 ところが、地元の期待を集めたFES療法の開発はうまくいかなかった。保険が効かないので患者は1人200万円もの治療費を負担し、全身麻酔の手術にも耐えなければならない。
 そのうえ電極を埋め込んだ患部の衛生管理が難しく、治療効果もあまり思わしくなかった。このため電極の抜去を希望する患者が相次ぎ、当初は年間50例ほどあった手術数も年々減っていった。
 それに加えてFES以外の一般患者の数も多くなかったので、クリニックの経営は悪化した。97年8月に薬剤師がリストラされて不在となり、98年末には勤務条件などをめぐる経営側との対立で多数の看護婦が辞めた。99年度には、開設時の設備投資から累積した負債が13億円余に達した。
 後に患者5人の点滴に筋弛緩剤を混入させたとして殺人罪などに問われる元准看護師の守大助氏(41歳、無期懲役が確定。再審請求中)がH教授にスカウトされて北陵クリニックで働くようになったのは、ちょうどこの時期の99年2月のことである。
 翌00年4月、北陵クリニックで患者の生命に影響する重大事が起きる。常勤医のなかではただ1人、救命処置に熟達していた整形外科のT医師が退職したことだ。そのきっかけもFESである。北陵クリニックの看護師だったFさん(49歳)が語る。
「当時はもう(FESの電極を)埋め込む手術をする人は年間3~4人ぐらいしかいなかった。あとは患部が化膿したので(電極を)抜きたいとか、機械の動作が不良になったとかいう患者さんの方が多かった。そんな時にFESの手術を希望する(下半身麻痺の)女性が入院してきたんです」
 その女性はカヌーが好きだった。だが、手術を受けると電極が身体から露出した状態になる。そこに川の水が触れると、化膿する恐れがあった。T医師は「手術するとカヌーができなくなるよ」と彼女に言い、FさんもFESのリスクをきちんと説明した。女性は結局、手術を取りやめた。
「それ以前からFESの手術をあえてする必要があるのかと疑問に思うケースがあったんです。T先生も私も、患者から訊ねられると正直にリスクを話したので手術をやめる人が何人か出た。最終的にはカヌー好きの女性の件で厳しく詰問されたあげく、私は解雇通知を受け、T先生は解雇はされなかったが、退職せざるを得なくなった」とFさんが言う。
 救命処置に長けたT医師がいなくなり、北陵クリニックの医療態勢は急激に弱体化した。残った小児科のI子副院長は、ぜん息が重症化したときなどに気道を確保する気管内挿官ができなかった。
 T医師の退職直後の00年5月から容体急変で仙台市立病院に搬送される小児患者が相次ぐようになり、同年9月にはぜん息の5歳男児が死亡した。北陵クリニックの総婦長(当時)はその後、市立病院の小児科医からこんな電話を受けた、と後の公判で証言した。
「北陵クリニックから小児患者で突然に呼吸停止を来すような急変患者が続いているけれども、北陵クリニックの状況はどうなんだろうか」
 これに対し総婦長が「救急蘇生の上手な先生が辞めてしまったので」と答えると、その小児科医は「訴訟になったらクリニックとしても大変な状態になるんじゃないか。救急患者はあまりひどくならないうちに連絡をくれれば市立病院でいつでも診るから」と言った。
 その際、総婦長は「市立病院の救急外来辺りで研修という形で(I子副院長に気管内)挿官の方法を教えてほしい」と相談したと法廷で証言している。
 T医師とともにクリニックを去ったF看護師は5歳男児の死亡後、守氏から電話で「ついに死んじゃった子が出ちゃったんだよ」と聞かされた。I子副院長の日ごろの治療ぶりから推測して「ぜん息でしょ」とFさんが言うと、守氏は「エッ、もう誰かから聞いてるの?」と驚いたという。
 一方、北陵クリニックではその前年の99年7月から高齢者の容体急変・死亡例が増え始めていた。しかし、それにはまた別の理由があった。もともとクリニックは複数の特別養護老人ホームと提携し、医師が訪問して治療に当たっていたが、高齢の重症患者の入院は受け入れていなかった。
 だが、経営改善のため19床のベッドを極力満床にもっていきたいというH教授の指示もあって、高齢の重症患者も受け入れるようになった。親族の同意のもとに容体が悪くなっても転院させず、延命治療せずに最期を看取る方針に変わった。その結果、高齢患者の急変や死亡が増大した。
 看護師のFさんが言う。
「(北陵クリニックの非常勤の)院長先生と、(老人ホームを担当していた)内科の先生が2人とも立派な人格者だったので、『先生に最期を看取ってもらいたい』と言う高齢の患者さんがいたほどだったんです。そこにきて(経営方針の転換で)重篤な患者さんを多く受け入れるようになったから当然そうなっただけで、誰もおかしいとは思っていなかった」
 こうしてFESという金看板の下で経営難にあえぐ北陵クリニックの実情を知ると、守氏が患者たちの点滴に次々と筋弛緩剤混入したという事件は、やはり幻だったのではないかという根本的な疑問が湧く。彼はなぜ犯人として断罪されなければならなかったのか?その謎をさらに追いかける。(了)

(編集者注・これは週刊現代連載『わき道をゆく』の再録です。)
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