映画『ファルージャ イラク戦争日本人人質事件・・・そして』のWP(http://fallujah-movie.com/)より。
The Huffingtn Postの古い記事【映画「ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件...そして」 自己責任批判から10年、28歳の伊藤めぐみ監督の視点】(http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/12/fallujah-movie_n_4741992.html)。
「「自己責任」ってなんですか? プロデューサー 広瀬凉二/・・・・・・激戦地ファルージャで人質となった、三人の日本人を苦しめてきたのが「自己責任」という言葉・・・・・・自己責任とは誰かに問われるものではなく、「私は自分らしく生きているか?」と自らに問うことだと思うのです」・・・・・・。
当時の「自己責任」バッシングに関連して、映画『ファルージャ イラク戦争日本人人質事件・・・そして』という映画が出来ています。結局、アメリカによるイラク侵略の理由であった「大量破壊兵器」などどこにも見つからず、サダム・フセイン大統領は無残に死刑・私刑にされ、そして、ブッシュ氏は靴を投げつけられ、「犬」と蔑まれています。それ以上に問題なのは、未だにイラク国内は混乱の最中である点・・・・・・。「・・・・・・悲劇が続くイラク。「「犬」に靴を投げつける」くらいでは、とても気がおさまらないでしょう」。高遠菜穂子さんは、今も、イラク支援を続けておられます。
『●『戦争と平和 ~それでもイラク人を嫌いになれない~』読了(1/2)』
『●『戦争と平和 ~それでもイラク人を嫌いになれない~』読了(2/2)』
「しかし、彼女ら (郡山さんと今井さん) の予想は全く裏切られ、
「自己責任」とばか騒ぎし、醜悪なバッシングの嵐。解放後、
「生まれ故郷に帰るのに「覚悟」が必要」(p.141) な国って、
いったい何?? 解放後の「新たな不安と恐怖」(p.147) は、
拘束時以上だったのではないだろうか・・・。」
『●『ご臨終メディア ~質問しないマスコミと一人で考えない日本人~』読了』
『●『ルポ 改憲潮流』読了(2/3)』
『●『だまされることの責任』読了(2/3)』
『●『靖国/上映中止をめぐる大議論』読了(3/3)』
『●『安心のファシズム ―支配されたがる人びと―』読了』
『●『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』読了(2/2)』
『●見損ねた』
『●『筑紫哲也』読了』
『●『ルポ戦場出稼ぎ労働者』読了』
『●「自己責任」を叫ばれた人の立場』
『●「自己責任」バッシングの嵐: 「話す」ことも許さず、「話しても」伝わらず』
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【http://fallujah-movie.com/production_note.html】
プロダクションノート
「自己責任」ってなんですか?
プロデューサー 広瀬凉二
この映画を観てくださる方に私が問いかけたいのは、その一言です。2004年4月、開戦から1年が過ぎたイラク戦争の激戦地ファルージャで人質となった、三人の日本人を苦しめてきたのが「自己責任」という言葉でした。イラク戦争は2001年に起きたいわゆる9・11事件に逆上したブッシュの米国が反米イスラム勢力への報復として一方的に仕掛けたものでした。それは「大義なき戦争」といわれ国際的に反対と非難を浴び、日本の世論も反対が多数を占めていました。しかし当時の小泉政権は開戦を支持し、米軍と同盟軍(英国など)の後方支援と現地の人道支援をするため自衛隊を派遣したのです。
ファルージャのイラク武装勢力が人質解放の条件としたのが、「自衛隊の撤退」でした。日本政府は即座にその要求を拒否しました。三人の釈放か処刑か、期限が迫る中で、政府関係者から発せられたのが「激戦地へ出かけていった三人の自己責任だ。」という声でした。それがメディアに採り上げられ、ネットを通じてヘイトスピーチのような悪意に満ちたバッシングとなっていったのです。
三人は彼らを支援するNGOやイラクの宗教指導者の尽力で釈放され帰国しました。しかし日本で彼らを待ち受けていたのは「国益を損ない世間を騒がせた自己責任をとれ」という非難の嵐でした。
そして9年後私は「映画ファルージャ」をつくりました。それはテレビドキュメンタリーの現場で40年間仕事をしてきた私自身への「自己責任」と思ったからです。自己責任とは誰かに問われるものではなく、「私は自分らしく生きているか?」と自らに問うことだと思うのです。
【http://fallujah-movie.com/intro.html】
イントロダクション
イラク戦争から10年
当時、日本国内でバッシングが吹き荒れた「日本人人質事件」のことを覚えているだろうか?
イラク支援のために行った日本人3人。しかし、ファルージャの街で地元の武装グループによって日本政府へ自衛隊撤退を要求するための人質として拘束された。
当時、日本政府はアメリカが始めたイラク戦争を支持。「人道復興支援」のためとして、イラクに自衛隊を派遣していた。日本では3人の行為が国に迷惑をかけたとして「自己責任」を問う声が広がった。
この映画は、はからずも人質となった、高遠菜穂子さん、今井紀明さんの現在の姿を追い、そして未だ戦火の止むことのないイラク、ファルージャの生々しい現実を捉える。
先天性異常児、国内紛争――まだ戦争が終わっていない国イラク
高遠菜穂子さんは、事件後のPTSDを乗り越え再びイラク支援を続けていた。NGOなどの団体に加わるのではなく、一人でイラクに通い支援と調査を行っている。イラクでの先天異常児は戦争以後、今も増え続けているのが実態だ。またファルージャで撮影中にも現政府と、対立する宗派の抗争も発生していた。
一方、人質事件のもう一人、今井紀明さんは、5年の間、対人恐怖症に苦しんだ。現在は、大阪で不登校や、ひきこもり経験のある通信制高校に通う若者を支援するNPOの代表をしている。社会から拒否された存在に、昔の自分をみて何かできないかと思ったという。
それぞれにとってあの戦争、あの事件が引き起こした問題はまだ終わっていない
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【http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/12/fallujah-movie_n_4741992.html】
映画「ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件...そして」 自己責任批判から10年、28歳の伊藤めぐみ監督の視点
The Huffington Post | 執筆者: 阿部結衣子
投稿日: 2014年02月13日 10時15分 JST 更新: 2014年02月14日 20時11分 JST
2004年4月にイラクで起きた、「日本人人質事件」のことを覚えているだろうか。
イラク支援のため現地に入った日本人3人が、ファルージャの街で地元の武装グループにより人質として拘束された。彼らの要求は「自衛隊の撤退」だった。アメリカが主導し2003年に開戦したイラク戦争。当時、日本政府はこの戦争を支持し「人道復興支援」のためとして、イラクに自衛隊を派遣していた。3人は数日後、無事解放されるが、帰ってきた日本では、3人の行為が国に迷惑をかけたとして「自己責任」を問う批判の声が高まっていた。
あれから、10年。その時、人質となった、高遠菜穂子さん、今井紀明さんのその後を追ったドキュメンタリー映画「ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして」が公開されている。監督の伊藤めぐみさんは、テレビ番組の制作会社でADとして働く28歳。イラク戦争開戦当時、高校3年生だった伊藤さんが、なぜ人質事件の映画を撮ったのか。高遠さんと今井さんの今を紹介すると共に、この映画の制作するに至った背景を伊藤さんに聞いた。
■高校生でデモに参加「イラク戦争は自分にとって出発点」
イラク戦争開戦直前、高校3年生だった伊藤さんはイラク戦争に反対するデモに参加していた。それまで、伊藤さんにとって「戦争」はどこか遠くの出来事だったが、日本政府がイラク戦争を支持したことで、初めて「自分の戦争」という意識を持つようになったのだという。
「イラク戦争は、社会に関心を持つきっかけだったんですが、その後、人質事件ですごいバッシングが起こったのを見たことも大きかったですね。人質だった3人に自分を重ね合わせるところがありました。3人が批判されているのを見て、自分も批判されているように感じるというか……。国と違うことをするとあんなふうに冷たい目で見られるんだとか、世の中に対してもの申すことは、すごく怖いことなんだなって感じて、すごく萎縮する自分がいましたね」
大学卒業後、伊藤さんはテレビの番組制作会社に就職する。取材を通じていろんな人と向き合うなかで「自分自身を隠している」という思いを抱くことがあったという。
「人にさらけ出してもらって、話を聞かないといけないのに、自分自身がうまくさらけ出せない。そういう感覚を持つようになって、なんだろうこれ、と思っていろいろたぐり寄せていくと、イラク戦争の時の自分が原点だったんですね」
■「伝えたいことはイラクにある」高遠さんはイラク取材を提案
2012年、伊藤さんは人質事件の被害者たちのその後を追うため、映画「ファルージャ」の企画書を本格的に書き始める。そんな伊藤さんに、高遠さんは「伝えたいことはイラクにある」とイラクでの取材を提案した。上映された「新宿バルト9」で行われたトークイベントで、高遠さんは当時をこう振り返る。
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テレビの企画書は今までに、何度か送ってもらったことはあるんですけれど、『伝えたいことは、イラクにあるので、(私が短期滞在している)イラクに来てください』という話をすると、だいたい企画は立ち消えになっていました。彼女もそうだろうな思ったんですけれども、最初から『行きます』と言ったんですよね。
そういうことがあって、若いけど、若いから逆に真剣に、事件だけじゃなくてこの10年間を全部見てきているのかな、イラク戦争からはじまり、社会のこととか全部それを継続して、自分のこととして見てきているのかなって思ったんです。自分と同じような時間の過ごし方をしていたのかなって。
(2013/12/07 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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伊藤さんはイラクへ取材に行くことを決めたが、高遠さんは伊藤さんをイラクに連れて行くことを「怖い」と感じていたという。
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「来ないと始まらない」とは言ったものの、お嫁入り前の娘さんですから、なんかあっちゃいけないし、すごい緊張はしたし、それは怖かったです。今井くんがイラクに行きたいと言った時も「親御さんに合わせてくれ」って、2回ご家族に会いに行って、「何があるかわからないから、それでもいいんですか」ということを今井くんのお母さんたちにも、何度も念押しをした。
伊藤さんのご両親の承諾をとにかく得てきてほしいと、それから会社の社長さんにもよくよく話し合ってきてほしいし、もし何かあれば、あの時のバッシングじゃすまない、へたをすれば会社もダメになってしまうかもしれない、くらいの話はしましたよね。それでも、「許可をとってきました」と言ってきて、それにはびっくりしました。
(2013/12/07 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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■高遠さんの今——再びイラクへ
高遠さんは現在、人質事件後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を乗り越え、短期でイラクに滞在しながら、個人で医療支援を行っている。戦争後から先天異常児が増え続けているイラクの実態調査も行っているという。イラクでは今も、人々の日常を切り裂くような銃撃や爆撃が起こるという。
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一番直近では3週間、イラクに行ってきました。その間に、ファルージャの市長が狙撃暗殺されて、滞在先のすぐ近くで銃撃もありました。5~8発くらいの爆弾事件もありましたし。それから、知り合いの家の窓ガラスが割れたとか、子供達を遊んでいるとダダダーッと銃撃があって、おばあちゃんに『中入れ!』っていわれて、子供達と一緒に家に駆け込んだりとか、いろいろあります。
私はビビリなので、かなり緊張はしてますよ。なので、イラクに1回行って帰ってくるとドっと疲れます。ただイラクの中でも、病院は安全な感じというか、安心はしていられるというか、セキュリティはしっかりしています。
映画には、シビアな現実ばかりが映っていますけど、普通の生活もあるわけですよ。寮にいる先生達にも、生活があり休みもあり、休日を楽しむといったこともあるわけです。子供達も普通に学校に行っている、学校で何かをやってるってときに、瞬間、日常を切り裂くように(銃撃が)起きる。
(2013/12/08 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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■「イラク支援をやめるなんて許さない」家族の叱咤激励でヨルダンへ
高遠さんが2004年の事件後、再びイラクに行ったのは、家族からの叱咤激励があったからだという。
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映画でも言ってますけど、(事件後、高遠さんが)寝たきりだった状況から、きっかけをくれたのはうちの母親ですね。『そこでイラク支援をやめるなんて許さない』と言われて、ヘロヘロだったんですけどヨルダンに行きました。
その時に、一緒に人道支援活動していたイラク人がイラクから、7~8人来たんですよ。爆撃で亡くなった人の映像を(彼らが)持ってきたんですけども、私は『そんなことでウジウジしてる場合じゃないんだ』っていう風に、そこで本当に思った。
日本では味わえないおだやかなイラクの家族たち、イラクの人々、イラクの友達と過ごしたということが、彼らの弱っている時、私の弱っている時をうまく支え合ってきたのかなというのはありますね。
(2013/12/08 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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■今井さんの今——若者を支援するNPOの代表
高遠さんと同じく事件で人質になった、今井紀明さんは、現在、高校中退や不登校経験のある通信制高校に通う若者を支援するNPO法人D×P(ディーピー)の代表をしている。事件後、激しいバッシングに晒された今井さんは、5年間、対人恐怖症に苦しんだという。その経験が今の仕事に結びついていると、上映された「梅田ブルク7」で行われたトークイベントで語っている。
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ドキュメンタリーとして撮っていただいて思ったのは、自分はなぜ今、教育関係の仕事をしているかを改めて考えさせられました。 今はドロップアウトをした子供たちや、学校をやめた子供たちとか、不登校になった子供たちが通う通信制高校で仕事してるんですけども、その子たちって自己責任である意味で切られてしまって、そのまま進んでしまい、ニートになってしまったりする。
自己責任って区切られてしまう子供たちなんですね。自分としてはすごくそこに思い入れがあって、若者達の為に何かしたいという思いでやってるんだなという事を撮られていて気がつきました。
(2013/12/23 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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■「自己責任」という言葉は、挑戦者と弱者を切り捨ててしまう言葉
2013年6月にニュースキャスター辛坊治郎さんが小型ヨットで太平洋を横断中に遭難した事故でも、「自己責任」が叫ばれるなど、現在も別の形で噴出している「自己責任論」。今井さんは「自己責任」という言葉自体が挑戦者と弱者を切り捨てる言葉だと語った。
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「自己責任」というのを当事者からいうと、かなり難しいので、あまり語りたくないんですけど、この言葉自体が挑戦者と弱者を切り捨てる言葉だと思います。どんな状況でも、海外でもどんなに気をつけたとしてもこういった現状が起こってしまうことは実際にある。
この事件でいろんな事が批判に結びついてしまったんですけど、そういうことがあったりすると、行動を起こそうという人間自体の意欲を削いでしまう。プラス、弱者の切り捨ての言葉になってしまう。だから(その言葉は)気をつけながら使った方がいいんじゃないかと思います。
僕自身は辛坊さんの(事故の)時も、国民だったら誰だって助けられるべきであると思いますし、辛坊さんが昔、自己責任って批判したのも関係ない。誰だって助けられるべきだと、それはすごく思います。
(2013/12/23 映画『ファルージャ』トークイベントにて)
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■映画をきっかけに「私はどうしたいのか」を考えてもらいたい
伊藤さんに、この映画で伝えたかったことを聞いた。
「こういう生き方をしなきゃいけないんです。ということを映画で言うつもりもなかったし、高遠さんたちが自己責任を果たしているかどうかを検証する映画でもないと思っています。『高遠さんはこう生きています』『今井さんはこういうことをするようになりました』『じゃ、私はどうしましょう』というのを見る人に考えてもらいたいんです」
映画「ファルージャイラクク戦争 日本人人質事件…そして」
渋谷 アップリンク:公開中
名古屋 シネマスコーレ:公開中~2月28日(金)
札幌・シアターキノ:4月5日(土)~11日(金)
大阪・第七藝術劇場:4月公開
神戸・元町映画館:4月公開
全国順次公開予定
公式サイト:http://fallujah-movie.com/
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