銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

京急taxiのdriverに化けた刑事に、「うるさい」と私が𠮟りつける話 + 1970年代に4億円を只で手に入れる話

2016-12-12 03:00:30 | 政治

副題-1、『ここに書いた現象が起きる前の話』
 私の主人が2度目の入院をして、重篤であり、治って、退院した後では、鎌倉の家に住めないだろうと、言う状況は、私が弱っている状態だと、例の連中は見ています。その初例が四月の、一度目の入院時に、多数みられました。今般は、もし同じことをやってきたら、横浜銀行の、金庫の、怪異現象を再び書くつもりでした。つまり貸金庫とは、裏から自由自在にあけられているという事です。

 で、今回の12月の攻撃派、以前とは、違って、やや、ひねった形で、行われましたね。そして、地味でした。タクシー一台が使われただけですから。以前は、JR15両編成とか、その他、遅延現象が、たびたび起こされました。大勢の人を巻き込みました。今回は、よりシンプルで、私一人だけが対象です。だけど、彼等として居は、用意周到なつもりだったと、思います。

 まず、私は子供たちと何度も電話を交わしていて、それが、盗聴をされて居ますので、これから何をするつもりかを、敵さんたちは知っています。その上、ネットで、リサイクルショップの情報を探りました。その際に、今回タクシーが、異常な走り方をした、大船店が見つからないし、電話番号も、番地も出ていないというのは、裏側から、その時だけスパコンを、操作されたのだと、見ています。

 それで、仕方がなくて、鶴見店に行ったら(そこもタクシー代が、2000円かかりましたが)、「横須賀北久里浜へは遠くて行かれません。大船店に行ってください」と、言われ、支店を教えるチラシをもらいました。で、その時、スマホを持っていましたので、私がそこを次の日に訪問をする事は、判っていたのです。

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副題0、『この章で、私が語りたかった、もっとも重要なポイント』

 本日、ある画廊で、スタッフさんが、私の問いかけを無視したのです。彼女は先週は、こんなに意地悪ではなかったのでした。で、その瞬間に、下に出て来る、1970年代にすでに、4億円を只で、手に入れた悪人どもの話を、思い出したわけです。特に仲野通巳吉の長女のやぼったい、勘定むき出しの態度を、思い出したわけです。北久里浜での数年前の事を、銀座で、です。私は虐められたら、ヘコヘコして、泣きネイル様な人間ではありません。よほどのことでないと、リアルな世界での、喧嘩は避けますが、黙っているから、負けているんだと、考える連中は、すこぶる付きで、単純だと、言う事です。いじめの裏側にある、本質に迫っていく人間ですから。

 しかも、10日の夜の、娘への報告の電話内で、「お母さん、家電の中古は、すぐ故障をするので、駄目よ」と、言われていますので、キャンセルをするだろうと、見做されていて、ああいう風(下に書いてある)に、準備をされて居たのでした。

 あ、ここで、挿入となりますが、中古であろうが、中古でなかろうが、ITチップが入っている今の家電は、しょっちゅう壊されます。ブログが真実に迫ると、パソコンだけではなくて、白物家電も、壊されます。ラジカセ、ミシン、洗濯機、鎌倉の家にあるものは、一回は、壊れたことがあります。洗濯機は、或るボタンしか利用できません。ミシンは、猛スピードで、走るので、実用には、なりません。ラジカセは、CDが飛ぶので、今では、聞いてもいません。パソコンは、15台くらい壊されたので、今では、自分で直せる様になりました。ただし、ドライバーを持ってきて、裏を開けてみるという形ではありませんよ。違う方法をトライします。敵さんも頭を使っている模様ですが、私も頭を使います。

 ところで、日本が第二次大戦で、敗北をしてから、実質的にはアメリカの植民地と化しています。で、私の様に、本質を語る人間は、国民を目座ざめさせるので、手ひどく弾圧をされます。で、CIAが行う悪意ある行為は、この現代日本を席巻しています。

 その弾圧・行為ですが、幽霊が行うわけではなくて、具体的に、生きている人間が行います。だけど、人間って、多種多様ですよね。で、本当は悪人かもしれないけれど、礼儀だけはいい人間がいるかもしれないし、礼儀は、不作法だけど、本質的には、良い人間だと、言える人もいるかもしれません。

 難しい問題ですが、私は、仲野通巳吉の長女の無礼に出会った時には、『あ、そういう態度に出るのですか。それなら、かえって書きやすいですね。これから、グングン書きますよ。ただし、あなたのことではありませんよ。画廊るたんのオーナーとか、そこで、こてんをしていた野口いずみさんとか、彼女が国画会に所属をしているので、その実質的なトップである、島田章三さんについてです』と、内心で、思いましたよ。で、青字で、書いた13日午前2時の挿入を入れて、元の、初稿に戻ります。

副題1、『タクシーの運転手がおかしかった。2016年12月11日の午前、9時50分からの話』

 主人が、三日に緊急入院をして、以前より、悪くなっていることを知りました。本人も気分が悪いと言いますし。

 その後すぐ、子供たちが「お母さん、鎌倉の家には、お父さんは帰えれないでしょう。マンションを借りなさい」という忠告の電話をくれました。確かに普段、暮らしている居間までは、下から、160段も階段を上がります。今般の、緊急入院の前にも、相当苦しかったそうです。

 今は、酸素を吸っています。酸素ボンベを持ちながら、歩いている人を見かけますが、ああいう風に回復できるかどうか? わかりません。

 ただ、どうしても、賃貸マンションを借りる気が、私の方には、無くて、北久里浜の旧宅に、引っ越すことを入院3日目に決めました。しかし、敵陣に入っていくという事となります。

 本日、11日の朝、大船駅西口から、タクシーを利用したのですが、「おかしい」と感じました。タクシーの運転手がおかしいケースは、2014年6月2日の銀座でも、経験していますが、その時は、完璧に刑事が変装したものでした。

 その刑事はほとんど白髪なのですが、私の目の前に、二回ほど現れている存在なので、確実です。実は、その前の、2003年3月31日、旧中央郵便局(今は、kitteという商業ビル化している丸の内の一等地にある郵便局ですが、そこが、古い体制だったことにも)に、現れているのです。その2003年の、31日には、そこでは、異常なことが二つありました。一つは、大勢の人が待っているのに、わざと、遅らせるために、誰かが大量の、料金、別納郵便を持ち込んで、それを、わざと手打ちスタンプで、処理したからです。

 その時です。郵便局内のロビーにテーブルを出して、二人の人間が、歴史の勉強をしていました。老人と、若い女性です。私は傍で、原稿をまとめる作業をしながら、真夜中に、郵便局で、勉強をしている不思議さに、驚いて、「何のために、今頃、しかも中央郵便局で、勉強をしているのですか?」 と質問をしたら、2人とも、何にも答えないし、二人がお互いに会話もしないのです。あの人達って本当にロボットですね。

 そういう風にして、目の前に、何回も現れた人間が、顔として、すでに、4人には、気が付いています。そのうちの一人、美形の、40代の人間について、私は以前、「湘南理工の社員を装っている」と、書いて居ましたが、湘南機工が正しい模様です。たぶん見間違えたのです。

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副題2、『私の環境に変化があると、これが、チャンスだとばかり、激しい攻撃がある。普段は、NHKニュースを利用した嫌がらせが多いのだが、こういう風に、ちょっとでも、『あいつは、今は、弱くなっている』と、かれらが見做す時は、直接の攻撃が始まる。

 泥棒が、頻繁に入っている。もしかしたら、毎日なのだ。おしゃもじが移動したり、主人あてに書いたメモが移動をしていたりする。大切な、写真が、急にテレビの前に、置かれていることもある。また、親切な人からの手紙が、テレビの傍に置いてある場合もある。すべて、攻撃の意味は分かっているが、気にしていないので、取り上げて、ここで書く事はない』

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副題3、『3日に引っ越しの契約をした。しかし、作業を、最初の、5日間は、丁寧にしたので、はかどらなかったのだ。その時に、ふとだが、母の言葉を思い出した。「お金があるっていう事が、不幸な場合もあるわね」と言ったのだ。お手伝いさんが、「この家に、来て、学んだことは、お金の力は、すごいという事です」と言っていたが、母は確かに、決断力があり、人を使うのも上手だったから、事、お金に関しては、自由自在に使える人だった。私が高校ぐらいまでは、季節ごとに、お財布をパンパンにして、日本橋の、高島屋か三越で、お洋服を買ってくれたものだった。友達が至福の時はいいものを着ているわねと、言ってくれたほどだ。

 しかし、今般、私は、二つの家があるがゆえに、全引っ越しではないので、整理や片付けが非常に面倒なことになった。それで、<母程は、お金持ちではないけれど、家を二つ持っているという事が、かえって面倒にもなるなあ>と、一瞬は、思ったのだ。

 しかし、私は何事にも凝る人で、整理と片付けにも凝りに凝るので、この二日間は、すでに、それが楽しくなった。

 そして、最悪の不幸にみまわれながらも、・・・・・そうだ、これは、チャンスだったのだ。人生を軽くするチャンスだったのだ・・・・・と、思い始めている。

 母が老人ホームに入っていたので、老人ホームの実態を知っている。モノが持ち込めない。だけど、この鎌倉の家にあるモノ全部を気t久里浜にもっていくと、それは、生活が軽くなったという事にはならないのだ。で、段階を、経て、軽くして行こうと、思っている。

 もし、ここで、整理しないで置いたら、子供たちに大迷惑をかけてしまう処だ。たった、一週間では、30%も、できないが、ともかく、入院がいつまで加賀わからないので、14日に、日常生活に不自由しない程のものを、北久里浜へ持ち込むつもりだ』

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副題4、『今朝のタクシーの運転手が刑事だったのか? それとも京急社員だが、上士から、命令を受けて、不親切にする様に、命令を受けていたのかは、判らないが、スマホの、GPS機能を昨晩(10日の事)利用されて、横浜市栄区、笠間二丁目から、大船駅に、戻ったのだが、

 その途中の、ありとあらゆることが、盗聴をされて居たと、思われる。

 ここね。ものすごく面白い話になるのですが、すでに、午前4時です。14日の引っ越しのために、朝と、夜が逆転しているとまずいので、これから先が書く事ができません。

 ただね。私は、ものすごい覚悟の人と、今は、成っているので、失礼極まりない、かつ、生意気極まりない、京急8625号車、の運転手に、

 笠間十字路で、信号待ちをしているときに、うるさいっと怒鳴ったのですよ。私って、本当は、大変に、きりりとしていて強い人なのです。普段は、喧嘩をしないことと決めているのですが、相手が刑事であろうと何であろうと、わざと遠回りをして、3倍ぐらいの料金を取ろうとするから、「この道、間違っているでしょう。どうしたの?」と、質問をすると、へらへらと、かつ傲慢な態度で、あれこれ、いい加減なことを言うので、「うるさい!」って、言い放ったのですよ。

 それで、「もう、ここでおります」って言ったのです。メーターは、870円を指している。まだ、そこから引き返して、20分は歩かないといけない程に、間違った方向へ行っているのです。正しい道を行けば、730円で行かれるはずなのです。

 だけど、「うるさい」って、リアルな世界で、言い放ったので、気分はすっきりしていて、恨みはないのです。だけど、どうして、刑事が変装したタクシーが、大船駅西口タクシー乗り場の待っていたかが、問題ですね。その謎は無論解けます。そして、私はすでに、解いています。だから、『また、トカゲの脳味噌さんが、あれこれ、とらいしておかしいなあ、笑っちゃうよ』と、おもっております。

しかし、午前四時なので、ここで、謎を謎のままに置いて置かせてくださいませ。 

 なお、京急タクシーの、普通の場合は、お行儀が良くて親切ですよ。

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副題6、『午前四時を過ぎているが眠たくないので、謎の一端を解いていきます』

 私は笠間十字路から目的地に向かって、午前10時前後、25分かけて歩きながら、・・・・・(帰りは、大船駅まで、徒歩、20分でした。確かに、730円の距離なのです。昨日は、大船駅を通り越して、病院まで、行ったので、1370円でしたが、大船駅が、ちょうど、真ん中に当たる位置が笠間二丁目なのです。)・・・・・あれ、私って、某有名ドキュメンタリー作家とか某有名、アナウンサー並みの大物らしいですね。だって、普段は、三台ぐらいしか待っていない、大船駅西口タクシー乗り場に、本日は、20台ぐらい待っていましたよ。私の場合は、大衆的知名度が無いので、それが、幸か不幸かというところです。失脚がない。お気の毒ですね。罠に引っかかった人たちは。

 つまり、その刑事が変装したタクシーに私が乗る様に、手配がなされていたのです。次の車の運転手が、降りて、来て、「大丈夫ですか?」などと、荷物の乗せ方を質問してきたのも、事前に、タクシー会社、すべてに、「こういう風体の人間が来たら、挑発をする様に」と、命令が下っていたのでしょう。だから、次の車の運転手は、興味津々だったのです。または、彼も刑事だったのかもしれませんね。

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副題7、『その特殊な、京急タクシーにはナビも装備されていないそうです。しかし、普通の場合は、スマホを、運転手さんが開いて、確認をしてくれますよ。

 リサイクルショップに行くのは10日も、行った事でした。つまり、家が二つ無かったら、全引っ越しになるわけですね。そうなると、サカイ引越センターとかにお願いをするので、私はお金さえ高く払えば、相手が、お皿まで、包んでくれるはずです。

 しかし、二つの所帯を開くわけで、だから、自分が整理して、荷造りをしないといけないのです。電化製品については、大いに悩みました。それで、今使っているものを北久里浜へもっていって鎌倉に、中古の小さいものを買うつもりで、行ってみたのが、笠間二丁目です。ところが、新品でないと、配送料が高いのですね。特に石段を、130段以上上がる、鎌倉の自宅への配送料はさらに高いです。それで、車が横付けできる北久里浜のいえに、リサイクルショップで、そろえたものを置くことにして、鎌倉の家は、特に電化製品は、そのままにしておくことに決めました。

 ところで、ICチップの入っている電化製品は、外部操作で、すぐ壊すことができます。もし、今回買ったものが、保証期間以内に壊れたら、それもご報告をさせていただきます。

 しかし、店内で、迷いのまよっちたのです。それが、私のスマホの盗聴機能を利用して、相手方にすっかりわかっていて、従って、もう一度、そこへ行くはずだと、見做されていたのでした。

 で、大船駅西口タクシー乗り場に、20台以上のタクシーが待っている状態で、私は、京急タクシーに乗ったのでした。あ、は、は。

 なお、これは蛇足ですが、私が、普段よりもキリリ、きりりとしていて、厳しさが増していたのは、理由があるのです。朝、前報に入っているコメントを読みんした。『うわ、また、井上ひさしがコメントをよこした。彼は土曜日に、宮沢りえの、主演した漱石悶々が放映をされて、高揚感に満ちていたのでしょう。それで、つい「後背位がなんとかかんとか」というコメントをunknown という名前で、よこしたのでした。

 漱石悶々の脚本も彼が書いたのでしょう。きっとそうです。私は、忙しくて、録画さえしておりませんが、一方で、『おや、このコメントは、、彼が、未だ生きていると、言う得難い証拠ですね』と、喜んでいます。しかしながら、本質を言えば、井上ひさしとは、本当に、唾棄すべき存在だと、常に思って居る事がさらに増幅をされました。

 やまゆり園事件の、植松聖の、衆議院議長へのお手紙と言うものも、彼が原文を書き、植松が、自分の筆跡で書き写したと、見ています。それも、今朝、思い出して、深い嫌悪感に満たされていたのでした。だから、きりり、きりり、きりりの最上級状態だったというわけです。

 真夜中の午前一時にまた、西隣の、白井小埜寺夫妻が、誰もいない二階の、ペンダント灯をつけて脅かしてきましたが、『ほーっ。連中は、自分たちが勝ったと、思っているわけですね。そこで、さらに攻撃をしてやりましょう』というわけですか。東大卒なのに、汚い性格ですこと。と、思いますが、いざとなれば、人間一個の存在としては、圧倒的に、私の方が強いと、思っていますので、ふん、ふと、鼻であしらうと言うか、腹の中で、笑っている次第です。特に運転手に化けた刑事を、うるさいと、一括しあ後ですから、こんな幼稚なことをして、又東大の、権威を落としましたねと、思い到る次第です。

 そして、また、おっちょこちょいをやっていますねと、言っておきましょう。特に、「古い!」とも、「それって、手垢がつきすぎた嫌がらせですよ」と、も、言っておきましょう。ともかく、道徳的に、ゼロ以下の、連中です。不思議な存在です。・・・・・自分一人で、考えたわけでもないでしょう。あ、は、は。

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副題8、『ここで突然に、私がその苗字も下の名前も知らないが、誰の娘であるかを知っている女性から、手ひどい仕打ち(=無礼な態度)を、数年前に、取られたことを、語らないといけなくなった。その女性の父は、仲野通巳吉である』

 ここで、北久里浜の豪華マンション、【ルネ北久里浜】(=売り出し時の名前は、【そらヒルズ】)のすぐ北側に、立派な擁壁を持つ豪邸を建てて住んでいる、仲野通巳吉の長女について触れないといけなくなりました。仲野通巳吉は、ご近所様で、地主様と、奉られているみたいですが、どうして、どうして、とんでもない裏側があって、土地を、数千坪ただで、手に入れたのですよ。ずるい方法でです。地籍変更届と言うのを利用したのです。その山は、本当は、横須賀市の水道山だったのです。ただで手に入れて、建売住宅や、ルネ北久里浜(ただし、名義人は、異なっている筈・・・・・特に悪事がばれてしまったので、瀬島龍三が乗り出してきて、半分を自分名義<伊藤忠なんたらかんたら)にしたらしいので、仲野通巳吉は、建売住宅だけを、もうけ口としているのかもしれないが?)

 どういう風に手に入れたかと言いますと、まず、仲野通巳吉の、実の姉と、その夫である、元海軍参謀、益山重夫氏が、二人で、ここに移り住んできたのですが、その際に、京急が開発した、池田分譲地の、道路や、水道を利用したのです。インフラはおんぶにだっこです。

 で、その京急、北久里浜駅の、東側の丘の上には、最近では、マンションを除いても500戸近くの家が建っているのですが、京急に勤務している人が大変に多いのです。ただね、その人的コネを利用しているから、京急の名前が、上にあげた刑事が扮装しているらしいタクシーにも使われたかどうかはわからないのです。というか、それよりも、もっと奥が深い様な気がします。ただ、まだわかっていない部分がありますね。だが、品川に、京急が持っているホテルは、パンパシフックと言う名前だったのに、今は、gooとなっております。これも、私を意識していて、私をからかっていると、思われます。

 で、益山重夫と、智恵子夫妻は、570平米の山林を買って移り住んできたのです。それは、坪数に直すと、175坪前後です。その山林をどうしてか、簡単に、宅地化できたことからも、後の、杉本・横須賀市・副市長との、結びつきは、1970年代か、それ以前に始まっている可能性があります。1965年ごろに大学を卒業したミスター杉本が、平職員の時代から、関係があったのかもしれません。

 そして、彼は、その土地から、10戸の建売住宅を、順次、作って売り出していきます。で、日あたり良くて、宅地として、条件の良い場所は、更地として売ったみたいです。買った人が自由に設計できる形で売ったのです。

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副題9、『ここまでの計算だけでも、すでに、土地の面積が足りなくなっている』

 10戸の建売住宅は、全部、30坪程度の敷地に立っています。で、すでに、300坪に達していますね。ここで、すでに、計算が合わないです。その上、更地として、買った我が家と、その近所だけを、合わせても、150坪は超えます。175坪しか買っていないのに、すでに、450坪になって居ます。

 建売住宅が、ぼ、ぼ、ぼっと出来たのは、4棟が、1974年ごろで、6棟が、1975年ごろですが、その頃に、すでに、法務局にも手をまわして、不足している土地なのに、登記させられる様に、何らかの処置を取ったのだと、推察しています。1978年に入って、いよいよ本格的な動きを益山氏が、見せるのですが、私は、自分が悪事にまきこまれたので、仕方がなくて、いろいろ、調査し始めましたが、法務局の所長、課長、係長、受付のおばさんに至るまで、みんな、不親切で意地悪だったので、益山重夫氏は、相当なレベルでの、おつきあいをしていたと、見做すことができます。その際に、元、海軍参謀という立場は、鼻薬の効く立場だったでしょう。

 その上に、道路がありますね。だから、いろいろな工作を重ねて、益山重夫氏は、この天然の、山に、公簿上よりも、425坪も多く蚕食したのでした。

 ああ、あまりにも忙しいので、説明抜きで、メモだけを書きます。詳細は、皆様の方で、ご想像をくださいませ。

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副題10・・・・・ 私が引っ越してきたときに、益山氏は、実質的に、一千坪を支配していた。どうして、そういう事が可能かというと、彼の妻の益山智恵子女史は、戦時中の男性不足のせいで、都立大学(現在名首都大学)の土木工学科を、学ぶように、勧められたので、履修していて、そちらの方面の専門家であり、かつ、会社規模で、重機を入れて、さっさ、さっさと、開発をして行くので、周りの住民は煙に巻かれてしまうのだ。

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副題11、・・・・・『H家と、益山家が、喧嘩になった。当然だろう』

 益山氏が、作った道路を利用して、元からの山林地主が、二軒ほど、引っ越してきた。T家と、H家である。元からの本当の、地主なので、敷地は、300坪ほどある。T家は、どうしても、益山私道を通らないと、外出できないので、今でも、仲良くしているが(と言っても、益山夫妻は、既に死亡しているので、仲野通巳吉とであるが)、H家は、違う道をご自分で、昔から持っていたので、見かけ上は断絶していて道路を使わない、使わせないという関係である。

 H家は、夫婦ともに、国家公務員であり、次兄は歯科医師であり、長兄は、市会議員であった。で、プライドが高いのに、したたかな益山夫妻に、いいように裏切られていて、怒っていた。そのとばっちりが我が家に来て、最初は大変だった。やや、改善をされたのは、夫人のオートマ車が、フェンスを乗り越えて、わが家の庭に、ボーンと突っ込んだ時からだった。あ、は、は。だが、それは、枝葉末節の話だ。

 重要なことは、
目の前に、以前ならなかった高さが、6mを超える擁壁を突然に作られ、その上に、二階やを、建てられたからである。

  それは、我が家も、同じで、土地を買う際は、目の前の擁壁は、高さ、五段程度であり、普通の住宅団地に見えた。しかし、引っ越してくる際には、すでに、驚くべき高さで、南側の視界が遮られていたのだった。

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副題12、『高い位置の建売住宅、4軒と、その裏(南側)にある、150~200坪の遊休地、と、さらに、木製の高い塀を兼ねた倉庫で、自宅を、囲い込み、敷地内に、シェパードを放って、秘密の仕事を始めた。それが、水道山を開墾する話である。

 水道山には、東側から、入れる道があったが、そこは、どうしてか、閉じられていて(という事は、横須賀市の、誰かが、協力をしていたとなる。それが、杉本氏かな?) 中が見えない形となって居た。

 その上、酒鬼薔薇聖斗が、土師淳君を、水道山で、殺してその首だけを校門に置くという異常な事件が起きたので、誰も、横須賀市の水道山にも立ち寄らなくなったのだった。

 あの事件だが、酒鬼薔薇聖徒は、いつの間にか、少年Aと呼ばれ、【絶歌】という書物さえ、発刊をした。だが、名前が代わっている事こそ、この事件も又、謀略であったことを指示している。で、誰にも見られない形で、しこしこと、益山夫妻は、開墾をして行って、水道山を消し去って行ったのだった。

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副題13、『この詐欺を完成させるためには、二つの、策略が用いられた。

 二つのうちのひとつは、道路を市に寄付すると、言う甘い飴である。それは、1977年時には、図面上だけであったが、この水道山をぐるりと囲む私道を、益山氏側が作り、それを横須賀市に寄付するという形をとる。それは、真ん中に、水道山を、囲い込んだ、バドミントンラケット形をした道路である。西側については、どうも、結局は市が作った模様である。こういう人たちは、今般の2016年9月26日の高枝切でも、同じことが見られたのだが、税金を私物化するのなど、何とも思っていないみたいだ。

 で、そのうえで、地籍変更届に取り組む。地籍変更届とは、法務局に、私の持ち分が間違っていましたと、届け出ると、正常値に直してもらえるシステムだ。この際は、公簿上に、残っていたのが、2.73平米だった。ひとつぼ未満である。それが、4200平米に、変化するのだった。二千倍に、膨らむのである。だから、法務局に、「これは、実質的な詐欺ではないのですか?」と、私は、言ったのだが、「書類の形式さえ整っていれば、法務局は、判を押すしかない」のだそうである。

 ところで、書類の形式が整っているとは、何を指すかというと、地境地主全員の、実印が押されている事だそうです。1200坪もの土地の、実質的な地境地主は、東西南北、山の下も入れれば、数十軒と、なるはずですが、そこは、それ、これも、また、秘密裏に、突破できる様な工夫がなされれていたのです。

 それは、当時は、書類上でだけ、記載をされて居た、道路が、横須賀市のものですから、周辺地主の大部分は、知らないうちに、横須賀市の水道山がある個人へわたってしまったのを、指をくわえて、見つめて居るしかなかったのです。

 ほとんどの土地は、道路が、横須賀市にすでに、寄付されているのだから、横須賀市の、実印さえもらえばよいからです。

 さて、ここから、杉本正子、北村充子、大沼嘉津江、島田章三、野口いづみ、中島三枝子と、言うラインが、非常に書きやすくなったのでした。川崎で育って、横須賀で、所帯を持った、仲野通巳吉の、長女とは、過去にどういう教育を受けてきたのでしょうね。頭の回転が悪すぎます。

 まあ、私が普段付き合っている人は、レベルが高い人が多いですよ。それに比べれば田舎の野暮天だろうとは、思うけれど、彼女が無礼を働いたことで、杉本夫妻について、非常に書きやすくなりました。そして、すべての、精度が上がったのです。私はものを書くにあたって、常に神様に問い合わせています。復讐のために書いて居るわけではなくて、ひどい事をやって来るので、防衛のために書いて居るのです。でも、書き方についても、実名をさらす件についても、常に神様に問い合わせをしているのですが、仲野通巳吉の長女の態度は、抜群の、発信力を与えてくれたのでした。関係者は、人づてではなくて、このブログを直接に読むべきです。そして、自分が登場しない章でも、読むべきです。

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副題14、『最近、旭化成疑惑というものが起こされた。それで、急にいろいろと、傍証づけができる様になった。何故、西隣の小野寺夫人と言う人物が、ひどい事を平気でやって来るかについて、見事に、なぞ解きができたからだ。ルネ北久里浜と、らら横浜は、外観が、そっくりなので、両方とも、日建設計(?)の、横浜支店長だった時期の、お隣のご主人、白井達雄さんが、設計したと、思われるからだ。お隣は、夫婦別姓である』

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 この続きは、後日、書きます。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、3812131です。推敲したら、署名と書いた日付を入れます。 

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