初期の魂は「わたし」がある。
この「わたし」から、波動はおこる。荒い波動。
成熟してこそ、波動は細かく、どのレベルでも対応ができる。
情報は瞬時に届けられ、あれこれと考えをめぐらさなくても、
物事は、整えられておこるので、おこるできごとを体感する。
ただ、それだけ。
未熟なものは、荒い波動で物事を捉えるため、情報は細切れで、
足りない部分を自分で細くして思考、推測するか、足りないまま
進む。だから、抜けていて、ものにならない。
けれども、考えてほしい。
未熟なものの道は、まだ、始まったばかり。
冒険はまだはじまってもおらず、道具をあれこれ選んでいるようなものだ。
だから、あちこちと、とめどなく、思念を撒き散らす。
無駄なものが多い。
もし、自分はまだ、未熟だと素直に、そして、謙虚に受け取るなら
あなたは、既に成熟している。
そして、さらに、成長を目指している。
その成長には「わたしが」はなく、ただ、在る、それのみだ。
学ぶ 習う 聞く
このことに終わりはない。