2024/12/15 読売新聞オンライン
石川県珠洲市の「海浜あみだ湯」の煙突に登る斎藤さん
上映会で映画について語る太田監督(左)と斎藤さん
命綱一本で体を支え、銭湯などの煙突によじ登り清掃や補強工事を行う「煙突屋」と呼ばれる職人たち。その一人で、この道約70年の斎藤良雄さん(84)(墨田区)を主人公にした映画「煙突清掃人」の制作が進んでいる。煙突が姿を消し活躍の場が減る中、30歳代の映画監督が「誇りを持って仕事をする姿を映像で残したい」と企画した。16日からは、墨田区内の銭湯で映画の短編バージョンが上映される。
■17歳で弟子入り
今月8日、同区のすみだ生涯学習センターで、制作中の映画から計20分ほどの四つの場面が初披露された。冒頭シーンは現在もまきでお湯を沸かす「草津湯」(荒川区)。営業を終えた深夜、斎藤さんは、煙突の下にたまったすすをバケツに集め、土のうに詰めていく。仕事が終わり銭湯で体の汚れを落とすと、「人間らしくなってきた」とほほえんだ。
斎藤さんは台東区に生まれ、17歳で「煙突屋」だった父に弟子入りした。仕事では高さ20メートル以上の煙突に登り、煙突口に入る。すすを吸わないように手ぬぐいで顔全体を覆い、竹ぼうきなどで1時間ほどかけてすすを払い落とす。命綱を腰に巻き付けているが、煙突の中は真っ暗で足をかける場所もない。背中と両足を壁面につけて体を支えながら下っていく過酷な作業だ。
斎藤さんが仕事を始めた約70年前は、燃料にまきを使う銭湯が多く、1日に5、6か所を回った。その後、煙突清掃が不要なガスボイラーが主流に。戦後の全盛期には都内で2600軒以上あった銭湯も、2023年には444軒に減少した。こうした変化に伴い、斎藤さんの仕事も、年間5件程度に減っている。
それでも斎藤さんは、「待ってくれている人がいる。ほかにやる人もいない。体力の続く限りやる」と引退をするつもりはない。
■能登との交流も
監督と脚本を担当する太田信吾さん(39)は、「今記録しなければ、この風景が消えてしまうと思った」と制作のきっかけを話す。太田さんはこれまで、文化の継承や誰もが集える公共空間の意義などをテーマにした映画を制作してきた。
次の題材として目を向けたのは町で姿を消していく銭湯。自身も長野県千曲市の温泉街出身で、銭湯に通う生活が身近だった。各地の銭湯を取材する中、斎藤さんと出会い撮影を頼み込んだという。
映画では、斎藤さんの活動に密着するほか、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市の「海浜あみだ湯」を若くして継承した新谷健太さん(33)と斎藤さんの交流などを描く。
8日の上映会後にあいさつした斎藤さんは「家族の支えでここまで続けてこられた。まさか映画にまでしてもらえるとは」と照れくさそうに話した。
映画は26年をめどに完成させる予定だ。文化庁が新設した基金を活用し、国内外で活躍が期待される若手映画監督を育成する事業に選ばれ、国際映画祭への出品を目指すという。太田さんは「世代を超えて人々の交流の場となっている銭湯という公共空間の大切さや、職人技術の継承の課題を国内外に発信するような作品にしたい」と意気込む。
映画の短編は16日から22日まで、墨田区の「薬師湯」と「松の湯」、「電気湯」の3か所で上映される。上映日は銭湯ごとに異なり、詳細は、一般社団法人「ハイドロブラスト」のホームページへ。