父危篤、というわけで、姉は出張から急遽帰宅。
入院初日の夜から母と交代で病院泊まり込みとなりました。
本人が何故病院にいるのかが理解できないため
家族がいないと不穏になってしまいます。
なので24時間付き添い体制。
私は父の事情から、ややフライング気味に退院を決めました。
退院日もそのまま病院へ。
父の状態は2日目にはレントゲン上で改善が見られたものの、
その後は採血も画像も横ばい状態。
ただ、悪いなりにも病状は落ち着いていたため、
5日目=16日(日)の夜からは家族の体力面の問題を考え
泊まり込みはやめました。
しかし、泊まり込みをやめた途端、父は再び点滴を全部抜いてしまいました。
そのため、セレネースを投与されて強制的に眠らされました。
翌朝病院に行くと、コンコンと眠り続け。。。
寝るのは夜にしてくだされ。
病院からは1人になると不穏になるようなので泊まって欲しい
というニュアンスで言われましたが
(病院のHPには完全看護なので付き添いは必要ありませんと明記あり)
月曜日の夜はセレネース投与で様子を見てもらうことに。
幸い、早めのセレネース投与で気持ちよく撃沈してくれました。
私が退院したのが土曜日。
姉が仕事を休んでいたのがこの週末まで。
従って、月曜日から母と私の二人体制が始まりました。
朝7時過ぎに母を送って病院へ。
家に戻ってもろもろの家事をして母のお弁当を作り、昼前に病院へ。
しばらく病院にいて帰宅。
夕方また病院へ。
1日3回ぐらい、病院と家とを往復。
朝から消灯時間まで付き添い、家でご飯を食べることもできない母を思えば
私も頑張らなきゃ、代わってあげなくちゃと思うけど、体がついてきません。
痛くてなかなか食べられないし、
夜は痛みでボルタレン連発。
微熱は出たまま、巨大口内炎も出来てきました。
考えてみれば退院した日から、夜以外は横になっていないから無理がたたってるのは明白。
まだ実質3日目だけど、すでに疲労困憊です。
父は入院以来絶飲絶食なのですが、
「メシはいつや?」
「今日、帰れるん?」
とばかり聞いてきます。
酸素マスクをはずせない状態だし、初日に水を飲んだだけで酸素量が70%まで落ちたので
今の父にとって飲食は命にかかわるハイリスクなことです。
そりゃ、帰りたいよね。
ご飯も食べたいでしょ。
こんな病院で管に繋がれて死にたくない、と私でも思います。
我が家では以前より
「延命のためだけの治療はしない」
と決めてました。
ですから、初日に気管切開の意思はないことは伝えています。
今日はCT検査がありました。
レントゲンでは横ばいにみえたけれどCT上は悪化しており
採血もステロイドの投与で順調に下がっていたCRPが再び上昇傾向にあると。
感染の可能性もあるし、予断を許さない状況に変わりはないそうです。
もう治療法はないようなものだし、
父の体力がどこまで持つかにかかっているらしい。
助からないのであれば苦しい治療はやめてあげてください
、という家族の意見を伝えてきました。
父が希望していることが、何かひとつでも少しでも叶えてあげたらいいのですが。
父はあれだけ不安がっていたのに、今夜は
「もう帰っていいで。」
と言い出したそうで。
そう言われたら言われたで、ほっとすると同時に不安になるのが不思議ですね。