まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

20年前の自分

2023-04-08 22:53:17 | 創作
 ビジュアル的なスペックは年々下がる。人間のトータルスペックは足し算なので、せめて内面のスペックを上げようと思うが、こちらも下がる一方。記憶力や体力、健康力、会話力も昔に比べて低下している。
ふと、20年前の自分と向かい合って話をしたら、どんな会話になるのか考えてみた。

20年前の自分「20年後はこんな情けない顔になるんだね」
今の自分「養毛剤とかは効かないから止めた方がいいよ。お金のムダだ」
20年前の自分「わかった」
今の自分「40歳が人生の折り返しだと思っているかもしれないけど、40歳過ぎると早いよ」
20年前の自分「そうなの?」
今の自分「子供や家族との時間はもっと大事にした方がいい」
20年前の自分「大事にしてるよ」
今の自分「でも、後になってもっと大事にしとけばよかったと思うよ」
20年前の自分「仕事が忙しい」
今の自分「人間ドック受けていると思うけど、数字を楽観視しない方がいい」
20年前の自分「どこか悪くなるの?」
今の自分「色んなところがね」
20年前の自分「そうなんだ。ピンとこないな」
今の自分「人の名前などが段々憶えられなくなるからメモを取る習慣を付けた方がいい」
20年前の自分「メモしてるの?」
今の自分「少しだけだけどね」
20年前の自分「ジョギングはまだ続けてるの?」
今の自分「今はエアロバイクを毎日やってる。休みの日はウォーキングとスイミング」
20年前の自分「それでも体力落ちるんだ」
今の自分「休みの日だけジョギングしてもダメだよ」
20年前の自分「平日は時間がない」
「エアロバイクなら15分でいいから毎日やった方がいい」
20年前の自分「帰りが遅いから面倒だ」
今の自分「今はお酒毎日飲んでるんだっけ?」
20年前の自分「うん、毎日飲んでるよ」
今の自分「飲まない日を臭に何日か作った方がいい」
20年前の自分「いや、それは無理」
あれこれ話しても、結局その頃の生活習慣は変わりそうにない。

小さなバーにて

2022-09-18 22:33:15 | 創作
仲のいい女友達がいた。
彼女は大学の同級生の仲のいいグループの一人だった。
社会人になってからはちょいちょい二人で会うことも多くなった。ホワイトジーンズの似合う、少し痩せた明るい女性だ。
でも、彼女に対して僕はいつしか友達以上の気持ちを抑えられなくなっていった。
やがて、自分の気持ちを伝えることを決意する。
「話したいことがあるから会いたい」
電話をすると彼女も「私も話しがある」と言う。何の話か気にはなったが、夕食の後でしゃれたバーに彼女を誘う。
ゆっくり話せるバーを予め見つけておいた。まだ早い時間のバーのカウンターの客はふたりだけ。バーテンは客との距離のとり方を心得ており、自分の気持ちを話すにはうってつけの環境である。
夕食から続く他愛のない話で少し気持ちを和らげて、本題を切り出そうとした時、彼女が先に口を開く。
「私結婚するの」
え?
みるみる変わりかける表情を何とか元に戻して気持ちを悟られないように微笑みを見せる。
「そうなんだ、おめでとう」
友だちの役を懸命に演じる。
「何か話があったんじゃないの?」
一通りの話が終わると彼女は言う。
返事に困り「今度話すよ」そう言ったけど、その気持ちは永久に封印することになる。
そろそろ帰ると言う彼女に「もう少し飲んで行く」と告げる。
店を出ていく彼女を笑顔で見送った後に少しきつい酒を注文する。
静かに流れるジャズの曲名を僕は知らない。オンザロックの氷の音の方が今は耳に心地いい。
早い春のある夜のことだった。

続・サッちゃん

2018-12-23 23:40:32 | 創作

「サッちゃん」「いぬのおまわりさん」の童謡などで知られる作曲家の大中恩(おおなか・めぐみ)さんが12月3日、菌血症で死去した。94歳だった。
「サッちゃん」は恐らく日本人が最初に触れる別れの歌である。

歌詞は3番まであり、3番の歌詞は少し切ない。 

①    サッちゃんはね サチコっていうんだ ほんとはね だけど ちっちゃいから 自分のこと サッちゃんって呼ぶんだよおかしいな サッちゃん

②    サッちゃんはね バナナが大好き ほんとだよ だけど ちっちゃいから バナナを 半分しか 食べられないの可哀相だね サッちゃん

③    サッちゃんがね 遠くへ行っちゃうって ほんとかな だけど ちっちゃいから ぼくのこと 忘れてしまうだろ寂しいな サッちゃん

このあと、続編を考えた。

④    サッちゃんがね 高校生になったんだ ほんとだよ だけどちっちゃいときの 僕のこと 憶えてないよね 悲しいな サッちゃん

⑤    サッちゃんにね 手紙を書いたんだ ほんとだよ だけど返事はないから 僕のこと 忘れてしまったんだね 切ないな サッちゃん

⑥    サッちゃんがね 大人になったんだ ほんとにね だけど 会いたいから 僕はサッちゃん探すんだ 待っててね サッちゃん

⑦    サッちゃんをね 遠くから見かけたんだ ほんとはね だけど勇気がないから 僕は声をかけられないんだ きれいだね サッちゃん

⑧    サッちゃんがね 結婚するってほんとかな だけど幸せだから 僕のこと頭にないんだろ さようなら サッちゃん


吾輩はカップめんである

2018-01-13 23:14:29 | 創作

我輩はカップめんである。名前は『カップヌードル』多くの仲間と共に工場で誕生した。
その後トラックに揺られ、スーパーに並べられている我輩を手に取ってくれたのがこの家のご主人である。縁があってこの家庭にやって来た。台所の棚で静かに出番を待っていたが、やがてその時がやって来た。
そして、何の予告もなく熱湯をかけられる。熱湯をかけられてからの寿命はたった3分である。
最後に小さな花を咲かせ、役目を終える。役目を終えた後は満足してくれたかどうかは分からない。我輩はすでに胃の中である。それでもご主人の食後の満足顔を期待しながら短い一生を終える。
今度生まれ変わった時はこんなおっさんではなく、若い女性の口に入りたいと心底願うのであった。


運慶展

2017-11-12 00:03:48 | 創作

9月26日から11月26日まで上野の東京国立博物館で開催されている『運慶展』を見てきた。

運慶は平安時代から鎌倉時代の激動期に活動した。現在運慶の作品は31体が残されているが、今回はそのうち22体が集結し、運慶の父や息子などの関連作合計80点余りが展示されている。

運慶の作品がこれほど多く集結するのは初めてである。

『トイストーリー』の世界観のように仏像たちが人がいなくなった館内で動きだし、おしゃべりをしていたとしたらどんな会話を交わすだろう。

ちょっと想像してみた

 

大日如来「えー わたくし大日如来は運慶の最初の作品と言われています。地元東京からやってきました。800年も人前では座ってます。ちょっと立ってみたいな。よっこらしょ…」

阿弥陀如来「わたしもずっと座りっぱなしです。初めまして、不動明や観音菩薩ら6人で神奈川から来ました。鎌倉があったところなので仲間が多いんですよ」

毘沙門天「このたび静岡から来ました。毘沙門天です」

餓鬼A「おい、毘沙門天、ずっとオレ踏まれてるけど、そろそろ足どけてくんねえかな」

毘沙門天「あ、これはすまない」

餓鬼B「オレたち何にも悪いことしてねえのに800年も踏まれっぱなしだよ」

毘沙門天「おたくはどちらから?」

聖観音菩薩「愛知から1人で来たでよ、仲間がいっぱいおって嬉しゅうてかんわ。それにしても向こうで騒いでる小さいのは何ですか?」

重源上人「あれは和歌山から来た6人の童子たちですがな」

聖観音菩薩「生意気そうな顔してますなあ」

重源上人「申し遅れました。奈良の東大寺から来ました。いっつも大仏にでかい顔されてますけど、しばらく顔合わせへんからせいせいしますわ」

仏頭「みんな胴体があってよろしいなあ」

重源上人「あら? 仏はん、首だけになってしもて、胴体どないしはりましたん?」

仏頭「江戸時代の火事で焼けてしもたんや」

重源上人「そら、災難やったなあ…」

仏頭「こっちにおる二人のお坊さんは同じ興福寺から来た無若と世親や」

無若「二人とも胴体があってよかったですわ」

世親「仏はんも顔だけやのうて胴体も残っとったら重要文化財やのうて国宝やったかもしれませんなあ」

仏頭「それを言わんといて」

 

な~んて話してるかも。(^_^;)