まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

悲報

2018-10-27 23:44:51 | 日記

僕がその悲報に接したのは知人の結婚披露パーティーに出席中だった。
銀座での立食パーティー、仲間とわいわい楽しい時間を過ごしていた。悲報を受け取るにはあまりにもふさわしくないシチュエーションと言える。

仲間の一人が、そっと耳打ちをして、その悲報を伝えてくれた。僕の笑顔がみるみる険しい表情に変わるのが分かる。今にも泣きそうになるのを我慢して、それでも何とか笑顔を作り直す。
失意の中、テーブルのビールやワインを次々と空けていく。
人生の中でも、こんな悲しいことはそう多くはないだろう。

「おめでとう」

新郎新婦に言葉をかけた顔はもしかしたらひきつっていたかもしれない。

そのあと飲み直し、遅くなったので悲劇を共有する友人と銀座から所沢までタクシーで帰る羽目になりました。

悲報・・・パ・リーグ首位の西武ライオンズ、ファイナルステージでまさかの敗退、日本シリーズ出場を逃しました。


清盛と隆盛

2018-10-20 23:05:59 | コラム

一字違いの名前をもつ二人、平清盛と西郷隆盛
およそ880年前、初めて武士の世を作った平清盛
そしてその750年後に武士の世を終わらせた西郷隆盛
平清盛は、それまで公家という特権階級が治めるこの世を、軍事力を持つ武士が治める仕組みに変えた。その後源頼朝により幕府が作られ、武士による政権は盤石のものになった。
武士の世は700年以上続いた。それは400年の公家の世よりも長い。それを西郷隆盛率いる薩長が徳川を破り終結させた。わずか150年前のことである。
その後民主主義の世の中が生まれたが、日本史においては武士の世の中の方が圧倒的に長い。徳川による政権は260年も続いた。こんなに長く続いた政権は世界の歴史を見回してもちょっとない。
だが、西郷率いる薩長軍に倒されてしまう。徳川にとって、薩長は関が原からずっと仮想敵国だった。関が原で敗れた薩長が、270年後に徳川を倒すというのは歴史の巡りあわせとしては面白い。
平清盛は源氏の足音を聞きつつこの世を去った。彼は平家はもしかしたら源氏にとって代わられると予想はしたかもしれないが、武士の世がこんなに長く続くと予想しただろうか。
西郷隆盛は単に徳川を倒すということが目的の中心であり、平清盛が作った武士の世を終わらせるということを強く意識したどうかは解らないが、自らが作った新政府に元武士の代表として反乱を起こし、西南戦争を起こす。西郷らは敗北し、武士そのものの存在も事実上終わる。
750年も続く武士の世を作る偉業を成し遂げた平清盛、それを終わらせた西郷隆盛。
日本史で最も長い武士の世の最初と最後を飾る二人の偉人に想いを馳せてみるのも楽しい。


原爆ドームと宮島

2018-10-07 20:25:19 | 旅行

仕事で徳山へ行った次の日、有休を取って広島へ寄って来た。
厳島神社は、全体が芸術作品のように美しい造形。
行った時間は引き潮だったけど、満ち潮の方が絵になるかなと思いました。
改めて構想を練った平清盛は凄い!

駅から見た徳山の夕陽

原爆ドーム 70年間時間が止まったようです。

厳島神社

宮島にいる鹿は観光客が持つ紙袋を食べてしまう。

宮島名物の焼き牡蠣と穴子丼 メチャ美味い!