まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

事故物件

2021-08-21 21:54:16 | 怪談

仕事で関西に1週間ほど滞在することになった。

ちょうど高校野球のシーズンであり、付近のホテルは野球関係者の予約でいっぱいで、なかなか宿が見つからなかった。
空き家になっている親戚の家があることを思い出し、その家を借りることにした。
そこには遠い親戚の高齢の女性が住んでいたが、首を吊って自殺していた。事故物件のためになかなか売却できず、1年経った今も空き家のままである。
女性の家族はすでに他界していたが、その家の近所にひとり暮らしをしている僕の従弟が鍵を管理していて、メールで連絡すると、時々掃除はしており、いつでも泊まれるとのことだった。
従弟のマンションで鍵を受け取り、件の家までやって来た。当日、夕食は外で済ませたので寝るだけである。
従弟から客間の押し入れに布団が入れてあるので自由に使っていいと言われていた。
玄関に入り、灯りを点ける。築50年ほどの家だが部屋数は多く、1階にはダイニングキッチンの他にバス、トイレ。洋室がふた部屋、和室がふた部屋、2階は和室、洋室がひと部屋ずつ。最低限の家具は残されていた。
1階の和室のひとつが客間となっており、8畳ほどの広さがあった。キャリングケースを客間に置き、エアコンをつける。エアコンがあったのは有難かった。風呂を沸かして入り、その日は布団を敷いてすぐに寝ることにした。
首を吊ったのはどこの部屋だったのだろう…
そんなことを考えながら眠りにつく。

異変はその夜に起こった。

深夜、廊下を誰かが走る音で目が覚める。小さな歩幅でバタバタと廊下を何度か往復している。驚いて飛び起き、灯りを点けてそっと戸を開けて廊下を伺う。部屋から漏れた灯りが小さな男の子が廊下の突き当りの洋室へと入って行くのを照らしていた。
近所の子供が忍び込んだのだろうか。客間を出て、うす暗い廊下を洋室へとゆっくりと歩いていく。
部屋の中へ入り、真っ暗な部屋のスイッチを手探りで探す。
灯りを点けるが、部屋の中には誰もいなかった。
変だな?確かにこの部屋に入ったと思ったが…
一応、他の部屋も探したが、子供は見つからない。
夢でも見たのだと思い、寝床に入った。

次の夜

客間で寝ていると、今度は同じ部屋の中で誰かの気配を感じて目を覚ます。体は起こさず、うす暗い部屋を見渡す。窓の横に誰かが立っているのが見えた。
窓灯りで、顔の半分をうっすらと照らしている。
自殺したはずの年老いた女性だった。
驚いたが、恐怖で体が動かない。不思議と身の危険は感じなかった。
「ごめんね」女性はか細い声でそう話した。
女性が話す方を見ると部屋の反対側に男の子がいるのが見えた。3歳くらいだろうか。恐らく昨日見かけた子供だ。
「ママ」
男の子は悲しそうにそうつぶやく。
怖くて布団の中に潜り、じっとしていた。
どれくらい時間が経っただろうか。布団からゆっくり顔を出すと、二人の姿は見えなくなっていた。
部屋の灯りを点け、その夜は一睡もできずに朝を迎えた。

さすがに気味が悪く、次の日は従弟の部屋に泊めてもらうことにした。

二晩の出来事を話すと、従弟は、その家で過去に起こったことを話してくれた。
夫婦は結婚してすぐにあの家を買い、男の子が生まれた。だが、3歳の時に子供は行方不明になってしまった。
警察に捜索願いが出され、夫婦もあらゆる手を尽くして探したが、子供は見つからなかった。
その後もずっと夫婦は子供の帰りを待ち続けていた。二人で住むには家は広すぎたが、子供がいつ帰って来てもいいように、引っ越しはしないで同じ家に住み続けたのだ。その後女性は心を病み、ほとんど外出もしなかったらしい。50年近くが経ち、夫が他界し、女性はあとを追うように自殺した。
悲しい一家の物語である。
あの夜見たのは母親と男の子の幽霊だっただろうか。男の子の幽霊の年齢から察するに男の子は行方不明になった時にすでに死んでしまっていたのかもしれない。

数か月後、その家は取り壊しされ、更地にされた。工事の時に庭に埋められた3歳くらいの子供の白骨死体が見つかった。恐らく行方不明になった男の子の死体だろうという事だった。
警察により捜査が行われた。
男の子を手に掛けたのは、母親である家の女性だろうということだった。育児ノイローゼだと推測されたが、真相は判らない。引っ越しをしなかったのも、子供の遺体を発見されるのを恐れ、女性が拒んだのだろうとのことだった。
子供を殺害し、庭に埋めた家で夫にも真相を隠したまま50年も暮らしたことになる。

男の子はずっと成仏できず、あの家を彷徨っていたのだろうか。
無事に天国へ行ければいいのだが…


帰り道

2021-08-09 19:48:34 | 怪談

仕事の食事会で遅くなり、終電近い電車に乗り込む。

吊革につかまり、混んだ列車に揺られながら、妻へこれから帰るとメールを送る。
しばらく順調に走っていた列車だったが、自宅の最寄り駅のひとつ手前の駅で止まったまま、なぜかなかなか動き出さない。
この先で人身事故があり運転を見合わせるというアナウンスがある。
SNSで検索すると、若い女性が飛び込み自殺をしたらしいとのことだった。
自宅のある駅まではたったひと駅、列車を降りて歩くことにした。

線路脇の道をとぼとぼと歩いて自宅へと向かう。
途中パトカーが止まっているのが見えた。おそらく現場の検証をしているのだろう。
やがて人気のないうす暗い街路灯が灯る住宅街を歩く。

しばらく歩くと、誰かが後ろを歩く足音がする。女性の靴のようである。
特に気にも留めず、角を曲がったときに来た方角をちらりと見る。
後ろを歩いていたはずの女性の姿はいつの間にか無くなっていた。

相変わらずうす暗い住宅街をまたしばらく行くと
ふと、すぐ後ろに誰かの気配がする。
余りにも近くに気配を感じて、驚いて振り返る。
人影はない。
立ち止まってあたりを伺うが、暗い夜道が続いているだけだ。
気のせいだと思い直して再び歩き始める。

やがて我が家のあるマンションが見えて来た。
マンションに入り、部屋を開けて中へ入ると妻が出迎えてくれた。
「ただいま」
「お帰りなさい、後ろの方だれ?」
「え?ひとりだよ」
「何言ってるの、女の人が立ってるじゃない」
見えないものの気配だけは感じることができたが、妻にはちゃんと見えているのだろうか。
「ちょっと、その人血だらけよ!」
「…」

僕は事故で亡くなった女性の霊を引き連れて帰ってきてしまったのだ。


父の幽霊

2019-11-10 00:26:37 | 怪談

今年何度目かの帰省で実家に戻った。その日は二人の妹と母と、久しぶりに4人揃う予定だ。
鍵を開けて家の中に入ると、死んだはずの父が居間のテーブルの奥に座っていた。

また来てる…

そう思って母に話しかける。
「お父さん、まだ自分が死んだことに気が付いてないの?」
父は死んでから間もなく2年になる。
「何も悪いことはしないけど…」
母は困ったような表情を見せる。

最初に父の幽霊を見たときは驚いたが、最近は見慣れてきた。
二人の妹も特に気にする様子もなく、座ってテレビを観ている。
母の話だと、先日父の幽霊が家の庭に現れて、隣の住人が驚いて家へ入ってしまったそうだ。
そりゃ、そうだろうな。僕は隣の住人に少し同情した。

僕も居間のテーブルの椅子に腰かけると、母が話題を変えた。
「最近、家にいたずらする人がいるの」
「どんないたずら?」
「貼り紙していくのよ」
母は毎日のように貼り紙を剥がすらしい。
質の悪いいたずらをする奴がいるもんだ。

次の日の朝、寝室の窓から、ぼんやり外を眺めると、家の門に貼り紙をする男が見えた。
スーツを着た若いサラリーマン風の男である。
とっちめてやろうと思い、家から飛び出して、男に声をかける。
「こら! 何してる!」
男は、悲鳴を上げて尻もちをついてしまう。
顔を引きつらせ、ガタガタと震えていた。
いたずらを注意されたくらいにしては、あまりの驚きようである。
「あなたこの家のご長男ですよね」男が言う。
「そうだよ、こんないたずらするなよ!」
「いたずらじゃありませんよ。僕は不動産会社の者です」
見ると、門に『売家』と書かれた貼り紙がしてあった。
「ここは母がまだ住んでる。今日は二人の妹と僕もいる」
「いい加減、自分たちが死んだことに気づいて下さいよ」
「死んだのは父だけだ」
「お父さんが死んでからしばらくして、お母さんが住んでいるこの家に娘さん二人と、あなたが帰ってきたところに強盗が入って、4人とも殺されたんですよ」
「?」
「強盗はお母さんの独り暮らしだと思って忍び込んだところにあなた方と鉢合わせして、ナイフで刺したんです」
気が付くと、家族全員が家から出てきていた。
みんな悲しそうな顔をして僕を見ている。
死んだのは父だけじゃなかったのか…


マンガ喫茶

2017-08-26 21:13:02 | 怪談

終電を逃し、途中駅で降り立った。タクシー乗り場はすでに長蛇の列。頻繁に車が来ているようでもなく、タクシーに乗るまでには相当時間がかかると思われた。飲み会の後、かなり酔いも回っていたので、立っていることが少し辛かった。
ふと見ると雑居ビルの上に漫画喫茶の看板が見える。そこで時間をつぶすことにした。

エレベーターに乗り、ボタンを押す。少し年代の古いエレベーターは鈍い音をたて、少しの揺れとともに階上へと進む。
エレベーターの扉が開くと、すぐ前に店の扉がある。
薄暗い店内へ入り、受付で店員の若い男から時刻を印字したレシートを渡され、ブースを指定される。右手はブラインドが下ろされた窓があり、反対側と向かい側はぎっしりとまんが本が並べられた本棚。店内の大部分は碁盤の目のように高い間仕切りで区切られたブースとなっており、ブースごとにドアが設置され、個室となっている。

サービスのドリンクサーバーでウーロン茶を紙コップに入れると、指定されたブースへ向かう。中へ入ると、リクライニングシートと小さなデスクがあり、パソコンとスタンドが置かれてある。
スタンドの灯りをつけると、反対側のブースを区切る間仕切りの上から、こちらを覗いている若い女の顔が浮かび上がり、はっとする。
女は顔の半分くらいを出して、こちらをじっと見つめている。
「あ、あの… 何ですか?」小声で話しかけるが、何の反応もない。
間仕切りは背の高さより高いのでデスクに乗っていると思われた。
「覗かないで下さい」
そう言っても、女は身動き一つしない。
何度か声をかけるが、表情一つ変えないので、店員に注意してもらおうと考え、いったんブースを出て、受付にいる店員の男に話しかける。
「反対のブースの客がこちらを覗くんです。注意してもらえませんか」
「は?」
「だから反対のブースの客が間仕切りの上から顔を出してこちらを覗くんです」
「そんなはずはありません。あのブースは使ってないんです」
「でも、若い女性がいましたよ」
店員は変な顔をしながらも、いっしょに反対側のブースへと行ってくれた。そのブースだけは鍵がかけられてある。
店員が開錠してドアを開けると、中はリクライニングシートもデスクもない。
「だから、ここは使ってないんです」店員が言う。
あの女は間仕切りを乗り越えてこのブースに入ったのだろうか?
それにしても、背丈より高い間仕切りの上からどうやって顔を出したのだろう?
「なぜ、このブースは使われてないのですか?」
店員は少し躊躇ってから話し始める。
「このブースで、客が続けざまに亡くなったんです。みんな心臓麻痺で…」
「え?」
「だから、縁起が悪いので閉鎖したんですよ」
店員はそう言って、ブースに再び鍵をかけて受付のカウンターへ戻ってしまった。
店員の話に驚いたが、とにかく眠りたかった。
自分のブースに戻り、リクライニングを倒す。

しばらく目を閉じていたが、眠れずに目を開ける。
ふと上を見ると、またあの女が間仕切りの上から顔を半分出してこちらを見ている。
「だ、誰なんですか?」
絞り出すように声を出す。
女は微かな笑いを浮かべ、すーっと顔を引っ込める。
正体を確かめようと、デスクに上がり、間仕切りから向うのブースを覗きこむが、そこには誰もいない。
次の瞬間、見えない何者かのものすごい力で引っ張られ、向うのブースの床へ叩き付けられた。
誰もいないはずなのにすぐ横の空間から女の声がした。
「こちらの世界へいらっしゃい」
女の声のあと、胸に激しい痛みを感じ、かきむしるようにもがく。
息ができなくなり、ドアを開けようとするが、鍵がかけられてある。
全身の力が抜けて仰向けに倒れ込む。
すーっと意識が遠のいていき、やがて心臓が停止した。

深夜の薄暗い店内では店員も寝静まった客もそのことに気付く者はいなかった。


赤い靴下

2017-08-12 00:19:22 | 怪談

ある冬の朝、マンションに住む若い男が着替えのためにクローゼットを開ける。

身支度をして、最後に靴下が入っている引出しを開ける。上に真新しい白い靴下がある。片方を手にしてそれを左足で立ったまま、少しよろけるようにして右足を上げて履く。もう片方を取り出そうとした時、靴下を履いた右足に激痛が走る。
ものすごい痛みに、男は悲鳴を上げてその場に倒れ込んでしまう。
男の足首から下が無くなっていて、潜血が吹き出していた。
何と、靴下が生き物のように右足を食いちぎり、バリバリと噛み砕いているのだ。
男は恐怖におびえて後ずさりをする。
靴下は白から真っ赤に色を変えていた。
しゃくとり虫のように器用に移動し、ぴょんと出窓に飛び乗ると、真っ赤になった靴下は窓を開けて出て行ってしまった。
赤い靴下は、マンションの廊下を移動して、隣の部屋の窓を開けて中にするっと入って行った。足を食べたせいか、体が膨れ、やがてニット帽に姿を変えて行く。

しばらくすると、その部屋の主である女子高生が入って来た。
「暖かそうなニット帽」
母が買ってくれたものだろうか…
彼女は笑顔で赤いニット帽を頭から被る。
「ぎゃ~!」
両手で頭を押さえ、その場に倒れ込んでしまう。
母親が悲鳴に驚いて部屋に駆け込んでくると、頭の上半分が無くなった娘が部屋で倒れていた。

同じマンションの一室
少し窓が開いたような気がして、若い人妻が寝室のドアを開ける。
ふと見ると、出窓に真っ赤なワンピースがきちんと畳んで置かれてある。
先ほど出掛けて行った主人が驚かそうと思いプレゼントを黙って置いて行ったのだと思った。
「きれいな赤、似合うかしら」
試着してみようと思い、女は鏡の前で着替え始めた…