サンシャイン水族館にあるクラゲのトンネル
ライティングが効果的で見ていると癒されます。
夏の強い陽射しの中で、ふと、20年以上前の小泉今日子の歌を思い出した。
22歳くらいの恋多き女性が16歳の自分に宛てたメッセージをタイムマシーンに託すという歌。
小泉今日子のキャラクターと歌詞の内容がよく合っていて、心に残る名曲だと思う。
初めてこの歌を聴いたのはカラオケボックス。映し出される歌詞に目がくぎづけになった。
10分にも及ぶ長い歌だけど、カラオケではフルコーラスが流されていた。
早速CDを買って何度も同じ曲をかけて聴いた。
(以下歌詞の一部)
♪夏のタイムマシーン 少女の私に伝えてよ
あの日探してた答えは今も出せないけど
夏のタイムマシーンだいじょうぶだよと伝えてよ
あの日耀いてたその瞳に負けないくらい
一生懸命泣いて一生懸命悩んで
一生懸命がんばっているから
♪夏のタイムマシーン元気を出してと伝えてよ
素敵な思い出はいつもそっとささえてくる
♪夏のタイムマシーン明日の私に伝えてよ
くじけそうな時も決して答えを焦らないでと
昔探した答えはもうすぐ50歳になる今でも見つからないことが多い。
きっと答えを捜して悩むことが大切なんだと思う。
同僚が、心臓手術のため、入院した。
オフィスでは、僕の向かいにデスクがあり、僕より二つ上の先輩社員である。母親と二人暮しの独身で、腕時計のコレクションを趣味に持つ。
普通、心臓は四つの部屋に分かれているが、彼は生れつき三つの部屋しかない。それでも、いままでは何とか無事に過ごしてきたけど、年齢と共に上手く機能しなくなってきており、手術をしないと数年の命だと言われていた。
手術は、一度体内から心臓を取り出し、部屋を四つにするために、人工の壁を作る。そのあと、再び心臓を体内に戻すという手順だそうだ。
心臓を取り出している間は人工心臓によって体内に血液を送る。かなり大変な手術である。
入院は術前の検査などもあり、一ヶ月に及ぶということだった。
先輩が入院して、しばらくしたある日、残業がなかなか片付かず、遅くまで、仕事をしていた。
オフィスには僕ともう一人、後輩社員が仕事をしている。
二人のいるブロックだけに蛍光灯が点り、周りは薄暗い。
トイレに行くため、席を立ち、用をすませてオフィスに戻ると、いつの間に来たのか、入院しているはずの先輩が後輩と話している。
「あれ? もう退院したんですか?」
近寄って彼に話しかけると、彼はニッコリ笑い、「あとは自宅療養だよ」と、答えてくれた。
オフィスは病院と自宅の途中にあるので、立ち寄ったのだろう。
「腕時計もらったんですよ」
後輩は嬉しそうに手にした時計を見せてくれた。
「ヒロくんにもあげるよ、入院して迷惑かけたから」
先輩も笑って見せたが、さすがに顔色はあまりよくない。
「いいんですよ、そんなこと」
僕も笑って答えた。
そこまで話したとき、オフィスの電話が鳴った。
「僕が出ます」そう言って、素早く自分のデスクに戻り、二人を背後に、受話器を取る。
電話は、先輩のお母さんからだった。
「大森の母です。もしかしたらみなさんお帰りかと思ったのですが・・・」
か細い小さな声でゆっくりとした話し方だった。
「息子さんならここにいらっしゃいますよ」
そう言ったが返事はない。
しばらくの沈黙あと、しぼり出すように話し始めた。
「あの・・・」
気のせいだろうか、かすかに泣いているようにも思える。
「息子は、手術が失敗して、先程、息を引きとりました」
一瞬、言葉の意味が理解できない。
「何をおっしゃってるんですか?息子さん、ここにいらっしゃいますよ」
お母さんは明らかに泣き始めた。
「冗談はやめて下さい・・・」
そう言ってから背筋に寒いものを感じ、ゆっくりと振り返る。
さっきまで二人がいた場所には誰もいない。
受話器を静かに置き、二人を目で探すが何処にもいない。
しばらくして、薄暗いオフィスの一角にあるパーテーションの陰から先輩らしき人影が現れた。
視線をそちらに移すが、後輩の姿は見えない。
僕は声をかけた。
「松田くんは?」
ちょうど肩から上は光が当たらないため、表情はよくわからない。
「ソファーで寝てるよ」
先輩はそう答えた。彼が立っている横のパーテーションの中には応接セットが置かれてある。
かすかに胸騒ぎがして、パーテーションのところまで歩いて行き、中を覗きこんだ。
その横で、先輩は無表情に立っている。
ソファーでは、後輩が横向きに倒れている。
先輩がゆっくり近づいて来て、先程とは別人のような低い声で話し始める。
「病院に心臓を置き忘れてきたから、松田くんのをもらったんだよ」
手術の途中、心臓を取り出したまま、息絶えてしまったのだろうか。
暗がりの中で、ソファーに横たわった後輩をよく見てみると、心臓がえぐり取られていた。
僕は悲鳴を抑えこむため、手で口を押さえた。
「時計と交換したんだよ」
心臓のあった場所に腕時計が収められていた。
「君の心臓も欲しいな」
横顔を照らす蛍光灯の光がかすかに笑みを浮かべる青白い顔を浮かび上がらせている。
「この時計あげるからさ」
ゆっくりと近づく彼の左手には、腕時計が握られていた。
僕の額は汗で濡れ、口はからからに乾いていた。
逃げないと・・・
そう、思ったが、金縛りにあったように身体が動かない。
先輩は、すぐ近くで立ち止まり、不気味な笑みを浮かべながら、視線を顔から胸のあたりに移してきた。
「もらうよ」
やがて、彼の赤く染まった右手がゆっくりと、僕にのびてきた・・・
認知症がすすむと幻覚を見るようになる。
「部屋に女の人がいる。」
同居する義母が、しばらく前から、そう言い始めた。
医者から幻覚のことは聞いていたけど、当然本人に幻覚という自覚はない。
友達と飲みに行ったときにその話をすると、
もしかしたら、今まで見えてなかったものが見えるようになっただけかも、と言われた。
今まで見えなかったもの・・・
例えば死んだ人とか。
誰かがさ迷っているのだろうか・・・
すーっと襖が開いて、義母が顔を出す。
「今日も女の人が来てる・・・」