ロープで体を繋がれ、思い切り引っ張られ、身体が張り裂けそうだ。
その姿のまま風雨に晒され、それでも耐え続けなければいけない。
凍てつくような寒さにも真夏の灼熱の太陽にも怯まずに毎日しゃんと立ち続けている。
普段、あまり意識することもないけど、休まず電気を送り続けているありがたい建造物だ。
ロープで体を繋がれ、思い切り引っ張られ、身体が張り裂けそうだ。
その姿のまま風雨に晒され、それでも耐え続けなければいけない。
凍てつくような寒さにも真夏の灼熱の太陽にも怯まずに毎日しゃんと立ち続けている。
普段、あまり意識することもないけど、休まず電気を送り続けているありがたい建造物だ。
クリニックからの帰り、踏切を渡る道は少し大回りになるので、近道のために鉄道の操車場地下を抜ける長い歩行者用のトンネルを歩いていた。自転車がやっとすれ違うことができるほどの狭いトンネルの中はうす暗く、所々に古びた蛍光灯が灯り、足元がやっと見えるほどだ。停車場は広く、その下を通るトンネルを抜けるまでは歩いて数分はかかる。
その日は時間がとても長く感じられた。時間の感じ方は時と場合によって変わるとよく言われるがその通りだなと感じながら少し足を速めた。
しかし、歩けど歩けど出口はちっとも近づいてこない。まるで歩く速度が急に遅くなってしまったようである。少し汗が出てくる。焦りを感じながら出口へと急ぐ。
このトンネルこんなに長かっただろうか。異次元にでも彷徨っているような感じがした。
ふと後ろを振り返ると遥か彼方にトンネルの入り口が見える。まだ先は長い。
どうしても早く目的地へ着く必要があった。
トンネルの出口から、目的地まではすぐなはずだった。
だが、焦れば焦るほど時間は長くなるようだ。汗は額を伝わり、地面に点々と跡をつけていく。ハンカチを取り出す時間も惜しんで黙々と歩を重ねた。
目的地であるコンビニのトイレへと急ぐのであった。
大河ドラマ「光る君へ」でファーストサマーウイカ演じる清少納言が「枕草子」を発表する回が放送されていた。「枕草子」は世界初のエッセイとして知られる。
様々な現代語訳が存在するが、僕なりに現代語訳をしてみる。
枕元の雑記帳
春の一日の中で一番の私の推しは夜明け。
夜の闇からわずかに白みを帯びる夜明け前。少しだけ山の上空に明るい色が差す。
空にかかる細いいくつもの雲が淡い紫に染まり始める雄大な風景は感動的。
夏は夜
月夜はもちろん素敵だけれど、闇夜に光る蛍も捨てがたい。蛍はたくさんとんでいるのも美しいけれど、何気なくひとつふたつほのかに光っているのも趣があって好き。
しとしとと降る雨も素敵。
秋は夕暮れ
空を赤く染めた夕日が山の稜線に沈むころ、カラスがねぐらへと急ぐ。こちらに4、5羽、向こうには2,3羽。
別の日、遥か遠くで列を成している雁の群れを見つけた。
そんな風景に不思議と心が和む。
すっかり陽が落ちた後の風や虫が奏でる自然の音の美しさはもう言葉には尽くせない。
冬は早朝
雪が降り積もっている早朝はもちろん、霜が降りてあたりを白く染めている早朝、あるいはそうでない日でも、凛とした空気を感じる寒い朝が好き。
火を大急ぎでおこして炭火を部屋に配って歩く姿は冬ならではの光景。
太陽が昇り、昼近くになるとそれまで癒されていた火鉢の赤い炎は、白い灰へと変わってしまう。何だか興が醒めてしまう。
原文
春はあけぼの。
やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
夏は夜。
月の頃はさらなり、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。
雨など降るも、をかし。
秋は夕暮れ。
夕日のさして、山の端いと近くなりたるに、烏(からす)の、寝所(ねどころ)へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。
まいて、雁(かり)などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。
冬はつとめて。
雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。
霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶(ひおけ)の火も、白き灰がちになりて、わろし。
逢いたい女(ひと)がいます。
顔は知っているけど実際に会ったことはない憧れの彼女。
間もなく逢えるはず。とっても楽しみ。
バイリンガルで知的な彼女。
とっても所有欲をそそる。
逢えたら彼女をどこに連れていこうか?
シワもない、綺麗なままで逢えれば嬉しい。
ワクワクしながらその日を待つ。
渋沢栄一くんや北里柴三郎くんにはすでにお目にかかったけど、津田梅子さんにはまだお目にかかれていません。
母はお人好しで涙もろい。
今月で90になった。すっかり体も衰えてきた。
実家の浜松で下の妹と2人で暮らしている。
母が若い頃、宝塚に憧れたが、身長が足りず諦めた。
NHKのアナウンサー試験に受けるも、不合格。
スポーツはまるでダメだが詩や俳句は上手い。
若い頃の写真を見ると阿川泰子に似ている。
そんな母だ。
僕が大学生の夏休み、長期で実家の浜松に帰っていた。
ある日、母が突然僕に言った言葉。
「ともちゃん、ほんとうのお祖父さんに会いたくない?」
何のことか判らなかった。
母方の祖父は僕が幼稚園の時に他界している。
母が結婚する日、実は本当の子供ではないと祖母から打ち明けられたそうだ。
祖母の兄の子供だと。
母が伯父だと思っていた人が本当の父だったということになる。
母は妾の子で、まだ母が小さい頃、実母が亡くなり、実父の妹に預けられたが、そのことは母の記憶にはない。。
その話は、初めて息子である僕に打ち明けてくれた。
父にも僕の妹にも話してなかったらしい。
本当の祖父が住む愛知県瀬戸市へ二人で出かけた。
ここは母が高校生まで過ごした地だ。
駅から降りてタクシーの運転手に、母は場所ではなく、個人名を告げる。
「K藤○○さんの家へ」
それだけで、タクシーの運転手には通じる。地元の名士らしい
昔、祖父は瀬戸市の市会議員を何年もやっていたそうだ。
古い建物の家に通され、初めてほんとうの祖父と対面した。
顔は母と似ていなかったけど、マメによく動くところはそっくり。
この人の血が流れているのかと思い、見ていた。
僕が祖父に会ったのはそれ一回きりだったが、その数年後に祖父は他界した。