2021年7月10日、夕刊フジに掲載された記事である。
台湾に関しての日本の立ち位置を明確にした麻生元副総理兼財務相の発言に関してのコラムである。「台湾問題に口を出すな」という中国に対して一定の牽制をした発言と言える。
ジャーナリストの長谷川幸洋氏はこの発言に対しての朝日新聞の反応に注目したところが興味深い。
記事全文
麻生太郎副総理兼財務相が「安全保障の常識(真実)」を披露した。習近平国家主席率いる中国共産党政権による「台湾有事」が勃発した場合、「日本有事」に直結するとして、「日米両国による台湾防衛」に言及したのだ。台湾外交部(外務省)は歓迎し、中国外務省は反発しているが、日本の左派政党とマスコミはなぜか静かなのだ。これまで、麻生氏の発言にイチャモンを付けて、散々批判してきただけに、実に不気味だ。ジャーナリストの長谷川幸洋氏が考察した。
麻生氏が5日、都内での講演で、中国が台湾に侵攻した場合を念頭に「大きな問題が起きると『(集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の)存立危機事態』に関係してくると言っても、まったくおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と語った。
これに対して、中国外務省の趙立堅報道官は翌日、「中日関係の政治的基盤に害を与える。断固として反対する。台湾問題への手出しを断じて許さない。中国が国家主権を守る固い決心や意思、強大な能力をみくびってはならない」などと語り、強く反発した。
一方、台湾の外交部の報道官は、歓迎する立場を示した。
興味深いのは、麻生発言に対する、日本の左派野党と政府に批判的なマスコミの「反応の鈍さ」だ。
例えば、朝日新聞は麻生発言と中国の抗議について、どちらも横組みのベタ扱いで小さく載せただけだった。戦争反対を叫ぶ立場なら「大問題だ」と騒ぎ立ててもいいはずなのに、拍子抜けだ。
一体、どうしたのか。
私は、麻生発言を大々的に報じれば、それが真実であり「日本の重大問題」と読者に分かってしまう。さりとて何も報じなければ、今後の展開についていけなくなる。そこで、中途半端な判断をしたのではないか、とみる。
朝日新聞は4月の日米首脳会談で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が共同声明に明記された後、6月に「台湾海峡『危機』のシナリオ」という連載記事(計7回)を掲載した。その2回目で、「南西諸島が1つの戦域になるのは、軍事的には常識で、日本の安全保障に直結する」という河野克俊前統合幕僚長の発言を紹介している。
つまり、彼らも分かっているのだ。分かってはいるが、日本が「台湾有事」に参戦するような現実は見たくない。そんな「左派特有の心情」が記事の小さな扱いににじみ出ている。私には、そう見えた。
マスコミの反応はともかく、菅義偉政権は「台湾有事」にどう対応するのか。
菅首相自身は4月4日、日米首脳会談に先立って、テレビ番組で「台湾危機が存立危機事態に該当するかどうか」を問われ、「私の立場で、仮定の話に答えるのは控えたい」と語っている。今回の麻生発言は、菅首相に代わって、政権のナンバー2が「該当する」と表明したかたちだ。これは「一歩前進」と評価したい。
日本は中国より先に、「侵攻すれば、日本は自国の安全保障問題として、米国とともに対応する」と非公式なかたちで宣言した。中国が反発したので、緊張が激化したように見えるかもしれないが、双方が態度を明確にして、相手が誤解する可能性を少なくした。
外交的には、有意義な応酬だ。
中国が台湾侵攻を決意しているとしても、実際に侵攻するまでには、こうした外交的駆け引きは何度も続くだろう。それで衝突を回避できる可能性もある。危険なのは、相手を刺激したくないがために、過剰に自粛する事態だ。甘い態度はかえって、相手の強気を誘発しかねない。
菅政権は台湾に限らず、沖縄県・尖閣諸島についても、断固として防衛する意思を繰り返し明確にすべきである。
■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革会議委員などの公職も務めた。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)