今、やまたね(山種)で
「福田平八郎・生誕120年展」
が
ひらかれています
「広尾、っていうか五反田の坂の上に移ってから、
山種から足が遠のいた。」
といって
いつまでも、九段時代を こいしがるチットが
久しぶりに
心を うごかした
てんらん会
<「筍」 (1947年)>
切手のずがら(図柄)の
ふくだタケノコに
「日本画の美」を見つけ
以来
お気に入りリストに入った・平八郎先生の
「関東・再認知」をはかった
このてんらん会に
拍手をおくります
だいひょう作を
ずらりならべて、
東日本では、なぜか
「認知度」ひくかった、巨匠の
うで前に、
みんなのためいき・出っぱなし
てんらん会は
「日本画モダン」という
ふくだい(副題)で、
「リアリズム追求から、平八郎流が生み出されるまで」
と
「平八郎に影響を与えた、琳派をはじめとする伝統モダン」
プラス
「周辺の人々のモダンな日本画」
という、こうせい。
・小野竹喬
・山口蓬春
たちの絵も出ているそうです。
見る人にわかりやすく、
「平八郎の絵は
①トリミング・②斬新な構図・③反復・④抽象画・⑤色彩美
が、キーワードだよ」
って、といています。
その絵、
まさに・・
<鯉 (1954年):帝展・特選>
「美しい部分を切り取って、そこをクローズアップすれば
美しい絵になることを、悟ったんだろうなあ・・」
と
おにいちゃんも かんしんします
とはいえ
ちみつ(緻密)な かき方してた時代が
あったればこその
後世の 平八郎流
水のうごきさえ・かんじる、
「超・逸品」
一皮むける前の作品の
ひょうか(評価)を下げる
声あれど、
「神経衰弱になる程描きこんだ、「牡丹」の絵の妖艶さなんて
写美を超えた美がある。」
と、チットは言います。
こと ありますが、
ゆかたのがらで、なにがわるい(さざなみ)
おびのがらで、なにがわるい(「青柿」(1938年)
・・・
とにかく 日本のうつくしさ、
きわめています。
グッズショップで切手をかって、したしい人に、このかんどうを 伝えたり、
へいせつカフェで、
絵とコラボした
わがし(和菓子)を食べて、かたらうのも
すてきです。 (→http://www.yamatane-museum.jp/doc/cafe_120526.pdf)
平八郎先生いわく、
「私の絵は写実を基本にした装飾画といえる」
とのこと。
写実で生まれちゃう、
きたない部分を
とりのぞくことの ダイジさ、
後世の画家に おしえてあげているんだね
たとえば、
そのままかいたって、しょうがないじゃん!
って、
先生は、言いたかったんだと思います。 (※協力:多摩・一本杉公園の池の鯉たち)