プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★プラチナ・ランナーの軌跡:⑤斑鳩・法隆寺マラソン(3/3)

2020-02-05 09:24:22 | スポーツ
 サプライズ企画を企てたのが誰かは、薄々、察しがついたが、つき止める気はなかった。

 遡ること2年前、ひとりの課長が「20世紀最後の記念に何かに挑戦したい」と言うので、一緒にマラソンを走ろうと誘ったら、彼は、翌日からジョギングを始め、初フルが私と同じホノルルマラソンになった。

 その後、彼はサブスリー・ランナーにまで成長し、奥さんと、当時1歳と3歳だった息子さんも加わり、マラソン家族になった。数年前、4人で完走した写真を添えた年賀状が届いた時、本当に嬉しかった。

 私が、退職直後に病いに倒れ、長いブランクから復帰したのを知って、2003年11月の「大阪・淀川市民マラソン」に、かつて法隆寺を走った仲間を集め、私の快気祝をしてくれた時、長い間の謎が解けた。

 「人生はマラソン」の譬えは、レースを山あり・谷ありになぞらえてのことだが、私に「山あればこそ、谷あればこそ、人生は楽しい」と悟らせてくれたのがマラソンと自信をもって言える。