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「ノベンバー」(2017年 エストニアほか)

2023年01月11日 | 映画の感想、批評
 私は、できるだけ話題作の陰に隠れた佳作、秀作を取り上げることにしてきた。それで、今年の最初に選んだのが2017年のエストニア映画(モノクロ作品、本邦初公開)である。ライナル・サルネット監督はドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダーという鬼才を敬慕するエストニアのエースだという。ファスビンダーは私が好きな映画作家でもあるが、きわめてクセが強く、人によっては好き嫌いのわかれる巨匠である。したがって、サルネットも一筋縄ではいかないところのある異才だ。
 まず冒頭から「鬼面人を驚かす」の図である。
 釜とか枝とかそういうものの合体した「クラット」と呼ばれる得体の知れない生き物が一頭の牛を空中高く舞いあげて、主人の家までさらってくる。いったいこれは何なのだ。公式ホームページの解説によれば、“古いエストニアの神話に登場する「クラット」という使い魔は、悪魔と契約を交わし手に入れる生意気な精霊である”と説明している。クラットは想像上の産物といえる。人工的に作られた妖怪のようなものといえばよいか。あまり真剣に考えないほうがよい。
 ところはエストニアの寒村。バルト海に面したバルト三国のひとつであることは知っていても、あまり馴染みのない国である。ロシア革命後一時的に独立するもソ連邦に組み込まれたあと、ソ連崩壊によって再び独立したという国だ。
 時代背景がもうひとつよくわからないのだが、ドイツ帝国の男爵とその令嬢が登場するので、ロシア帝国の支配下から脱したロシア革命直後の古き良き時代の話だと想像される。
 題名の“ノベンバー(11月)”はもともと9番目の月であったが、カエサルとオクタヴィアヌスが自分の名前を7月、8月に加えたために順番が11番目に繰り下がった。年に一度、11月に死者(霊魂)が家に帰ってくるという風習をモチーフのひとつとしている。日本では8月のお盆にお精霊(しょらい)さんを迎える。11月が本来9月だとすれば、ひと月遅れだということになる。こういう風習がキリスト教を信仰するエストニアにも存在することを知っておもしろく思った。キリスト教といっても国民の半数は無宗教というから土着的な、ある意味先祖に対する日本人に近い宗教的心象があるのかもしれない。
 先祖の霊が舞い降りる季節に、年頃の娘リーナは村の若者ハンスに一目惚れする。ところが、ハンスはお城に静養のためか一時的に滞在することとなった男爵令嬢に恋い焦がれる。これにリーナは激しく嫉妬する。この三角関係が主軸となって物語が展開されるのである。
 村には呪術を操る老女がいて、村人のさまざまな願いごとを聞いてやる。のみならず、森の奥深くには悪魔も住んでいる。悪魔はメフィストフェレスさながらに村人の魂と引き換えに悪事をかなえてやる。それが、おとぎ話のような結末を迎えるのである。ただし、めでたしめでたしとはならないところが、グリム童話的な残酷さを併せ持つのである。
 荒涼たる大自然、素朴な農村の生活風景、一面の銀世界、神秘の森、清流、雪原にたわむれる狼。そうした風物がモノクロ撮影の墨絵のような効果と相まって、民話的で幻想的なイメージの造形に成功している。不思議な映画だ。(健)

原題:Rehepapp(November)
監督:ライナル・サルネット
脚本:ライナル・サルネット
原作:アンドルス・キヴィラフク
撮影:マート・タニエル
出演:レア・レスト、ヨルゲン・リーク、アルヴォ・ククマギ、カタリナ・ウント


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