シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「波紋」(2022年 日本映画)

2023年06月14日 | 映画の感想、批評
 筒井真理子と言えば「よこがお」(2019年)が記憶に新しい。内面が読みとりにくい印象のある俳優の一人である。最近はTVの俳句番組「プレバト」で見かける機会が増えた。彼女の句の中では「向日葵の波に逆らひ兄逝きぬ」が好きだ。
 須藤依子(筒井真理子)は一軒家でひとり穏やかに暮らしていた。ある日、長い間失踪し行方がわからなかった夫の修(光石研)が突然帰ってくる。自分の父親の介護を押しつけたまま失踪し、今度は癌に侵され高額の治療費を出してほしいと彼女にすがってくる。修はずるずると家に居ついてしまう。そこへ、依子から逃げるように九州の大学に進学した息子の拓哉(磯村勇斗)が、聴覚障碍のある恋人・珠美(津田絵理奈)を連れて来る。珠美は妊娠していて、二人は結婚を考えていると言う。久々の家族団欒の食卓は緊迫感にみちている。
 依子には唯一の心の拠り所があった。緑命会という水を信仰する新興宗教団体である。家には御神水が溢れ、依子が外から帰る度にその水を頭から吹きかけるシーンは儀式のようだが滑稽でもある。会の代表を演じるキムラ緑子は適役だ。高額商品を押しつける場面には有無を言わせぬ圧がある。信者仲間達(江口のりこ、平岩紙)の良い人ぶりも空々しい。この団体の中にこそ同調圧力がある。集団の怖さは正常な判断や思考力を奪っていくことだ。それは自分の人生を丸投げしてしまうことでもある。
 以前は草花の咲きほこる庭だった所は、今は砂を敷きつめた枯山水の庭になっている。依子はそこに熊手で波紋を描いていく。この庭は依子の心象風景のようだ。時々隣家の猫が侵入し波紋を乱していく。眉間にしわを寄せ猫を追い出そうとする依子からは、他者の侵入を許さず、心の平安を保とうとする切ない思いが伝わってくる。
 荻上直子監督のオリジナル脚本作品である。依子という一人の女性を通して社会の縮図を描いている。主婦の立場から見た夫の身勝手な行動、親の介護、息子の結婚相手への障碍者差別、宗教依存…‥etc。更年期の症状に悩まされながらも、何もかも投げ出したい気持ちをおさえて現実を生きている。依子が息子の結婚相手の珠美に投げかける視線は冷やかだ。パート先の同僚(木野花)から「あんたストレートに差別するね」と指摘されるが、彼女は自らの中に巣食う悪意を隠そうとしない。珠美が強い女性として描かれているのが救いである。
 ラストシーンは強烈な印象を残す。色彩の対比があざやかだ。ブラックコメディとして観たのだが、クスッと笑えるところがなかったのが残念。(春雷)

監督・脚本:荻上直子
撮影:山本英夫
出演:筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、津田絵理奈、花王おさむ、柄本明、木野花、キムラ緑子


最新の画像もっと見る

コメントを投稿