我が国で分娩を取り扱う施設の46%は産婦人科医が1人しかいませんし、分娩取り扱い病院の84%が勤務する産婦人科医数3人以下です。このように、分娩を取り扱っている施設の多くは産科診療を今後も継続することが非常に困難な状況に置かれています。
また、近年の女性産婦人科医の増加はめざましく、30歳代だと2/3、20歳代だと3/4を占めていますが、現在の労働環境ではやむなく分娩取り扱い病院を離職する女性医師が多く、結果として人手不足に陥った病院が分娩の取り扱いをやめるケースが相次いでいます。
さらに、日本の司法は、医療の結果として悪いことが起きるとすべて医療にミスがあっただろうと考える国民感情に配慮しすぎています。救命目的で正当な治療を実施したにもかかわらず、結果論や感情論だけで治療担当者が逮捕される可能性があるようでは、そもそも職業として成立するはずがありません。このことが、医療現場から働き盛りの医師達が立ち去る社会現象(立ち去り型サボタージュ)の大きな要因となっています。
今、産科医療の現場を支えている多くの産婦人科医達が、いつ辞めようか、いつ辞めようかと思いながら働いています。実際に、相当数の医師がやる気をなくして、病院を離れています。このため、全国各地で産科医療の継続が困難になって国家的な問題になっています。今後、産婦人科医療を再建していくためには、この国の産婦人科医療を提供する体制を根本的に再構築していく必要があります。
北里大学の海野信也教授(日本産科婦人科学会・産婦人科医療提供体制検討委員会委員長)は、最近の御講演の中で、産科医療を再建するための必要条件として以下の8項目を挙げられました。
(1) 分娩取扱病院:半減(1200施設→600施設へ)
(2) 分娩取扱病院勤務の産婦人科医数:倍増(1施設当たり3人→6人へ)
(3) 女性医師の継続的就労が可能な労働環境の整備
(4) 病院勤務医の待遇改善:収入倍増
(5) 公立・公的病院における分娩料:倍増
(6) 新規産婦人科専攻医:年間500人(現行より180人増)を最低限確保
(7) 助産師国家試験合格者:年間2000人(現行より400人増)
(8) 医療事故・紛争対応システムの整備
上記のどの項目をとってみても、個人や自治体レベルの努力だけではどうにもならないようなことばかりで、達成は非常に困難と考えられます。しかし、現実に産科崩壊の危機に直面している地域が全国的に続出していますので、国レベルの政策によって早急に対応する必要があります。