コメント(私見):
我が国では病院の勤務医の多くは大学医局から派遣される仕組みが長年の慣行として続いてきましたが、最近は大学病院にも医師不足の荒波が押し寄せはじめて、地域の中小病院への医師派遣がだんだん難しくなりつつあります。そのため産科閉鎖が相次ぎ、多くの地域で分娩場所の確保が難しくなっています。
周産期医療は、産科医、新生児科医、麻酔科医、助産師などのチーム医療が基本となっていますから、必要な人員の確保ができないことには全く話になりません。今、産科医は総数が不足して日本中奪い合いになっているので、待遇改善は産科医確保のための一つの必要条件ではありますが、それだけでは産科医の確保はきわめて困難な状況にあります。
最近では若手医師が病院を選ぶ際の自由度が高まり、「都市にある魅力ある病院」「自分のQOL(生活の質)を守れる科」などに若手医師が集中する傾向が強まっています。今、産科になかなか人が集まらないのは、人が集まらないような現場の状況があるからです。労働環境を従来のままに放置していたんでは、今後も産科医不足は永久に解消されません。
まずは、国策として、若手医師達が安心してこの分野に入門できるように、労働環境を劇的に改善させる必要があると思われます。
****** 週刊朝日2008/5/30、p132-133
産婦人科医を追い込む国が少子化をますます加速させる
産婦人科医 堀口貞夫
ある調査によれば、お産は、全体のうち65%は出産が終わるまで何の異常もなく済みます。逆に言えば、35%は妊娠の初期から出産までの段階で母子に何らかのリスクが生じる。いつ起こるかわからないリスクと向き合う現場の医師は、昼夜関係なく休みを返上することも多いのです。
皮肉なことに、医療の進歩や高度化も医師の負担を増やしました。最近は、超音波検査で胎児の先天性の心臓疾患を診断することができますが、日本のどこでもそうした専門的な技術を提供できるようにするには、なかなか大変です。
現実には、大半の病院や診療所では人手不足に悩んでいます。日本産科婦人科学会の05年の調査では、分娩施設の約84%で産婦人科医が3人以下しかいないという結果が出ています。3人だと、単純計算で週に56時間、1人での勤務を強いられることになります。
日本の産婦人科医の数は、96年から06年までの10年間に約12%減りました。一方、出生数は10年間で9%減。出生の減少よりも産婦人科医の減少のほうが進んでいるのです。
そうした状況の中で起きたのが、04年に起きた福島県立大野病院での事件でした。この事件では帝王切開を受けた妊婦が亡くなり、06年に産婦人科医が業務上過失致死などで逮捕された。産婦人科医に限らず、特に外科系の医師にとっては、難しい症例の手術の結果を問われるという意味で「ひとごとではない」衝撃でした。この痛ましい事件を機に、医師の産科離れが加速したのは間違いないでしょう。
いつリスクが発生するかわからない産科診療の安全を担保するには、中核病院の充実が不可欠です。しかし産科医の減少によって、中核病院で24時間態勢が組めなくなる事態が続出しています。厚労省の通達を遵守して、現場の人員問題に対応するには、産婦人科医、助産師、看護師の力を結集する以外ない。その人たちの技術を高める責任は、この事態をもたらした行政にあるでしょう。
産科では異常がない限り自費診療なので直接は無関係ですが、国は4月から、5分以上診療すれば加算料金を請求できる「5分ルール」を定めました。「3分診療」と言われる現状を変えるためでしょうが、産婦人科では患者さんとの会話が大切で、そもそも5分間では不十分。せめて15分は必要です。産婦人科医にとってはナンセンスなルールで、国が現場を理解していない表れだと思います。
このまま産婦人科医の減少が進めば、子どもを産むことも大変になります。少子化が進むにもかかわらず、産婦人科医を過酷な環境に追いやっている国の責任は大きいと思います。
(週刊朝日2008/5/30、p132-133)