ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

産科業務と労働基準法

2009年04月25日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

法定労働時間とは、労働基準法において労働者を働かせることができる限度の時間です。法定労働時間は、1日8時間、1週間については40時間となります。それを超える労働は時間外労働となり、割増賃金を支払う必要があります。労働時間は業務に従事していた時間だけではなく、使用者の指揮監督下にあるかどうかでみます。 例えば、準備・整理の時間、仕事待機の時間、出席することが義務づけられた研修の時間なども労働時間に含めます。また、労働基準法では、当直などの時間外勤務は労使が協定を結んだ上で、原則月45時間以内と定めています。

労働基準監督署の基準では、医師の当直(宿直、日直の総称)は、病室の定時巡回など軽度で短時間の業務と定義されています。従来は、医師の当直に対して、時間外、休日労働の割増賃金ではなく、割安な手当が支給されることが常態化していました。今回、奈良地方裁判所は、産科医の夜間や土曜休日の宿日直勤務について、労働基準法上の時間外労働に当たるとの判断を示し、奈良県に割増賃金の支払いを命じました。

周産期医療や救急医療などの医療現場では、通常の業務が24時間365日切れ目なく続いているので、少ないスタッフで業務を遂行していこうとすれば、どうしても長時間・過重労働となってしまいます。

現在稼働している産科施設のほとんどで、労働基準法違反が常態化しています。今後、すべての産科施設で労働基準法を厳格に遵守しなければならないということになれば、(産科施設をセンター化することによって施設あたりの産科医数を増やし、交代勤務制を導入して各勤務帯に複数の産科医を配置するなど)現行の医療システムの大転換が必要になると思われます。

医師の当直勤務は「時間外労働」、割増賃金支払い命じる判決

愛育病院、日赤医療センター: 労働基準法違反で是正勧告

****** 毎日新聞・社説、2009年4月25日

産科医訴訟判決 医療崩壊への警鐘だ

 医療が崩壊するか、医療従事者がつぶれるか。これが今、多くの医療現場で起きている厳しい現実だ。公立病院など多くの医療機関が赤字経営になっている一方、勤務医の過重労働と医師不足が深刻化している。

 そうした中、奈良地裁が産科医の夜間や土曜休日の宿日直勤務について労働基準法上の時間外労働に当たるとの判断を示し、奈良県に割増賃金の支払いを命じた。この判決は勤務医の処遇のあり方に警鐘を鳴らしただけにとどまらず、医療費削減の流れの中で起きている医療崩壊への対応について、国民に問題を提起したものと受け止めるべきだ。

 厚生労働省が07年に病院や診療所1852件の立ち入り調査を行ったところ、8割に労基法違反があり、改善指導した。違反事例では労働時間関係が5割弱、割増賃金が3割強だった。厚労省は割増賃金の支払いに加え、「宿直は週1回、日直は月1回が限度」と指導しているが、多くの医療機関では労務管理が不十分な所が多く、徹底がなされていない。判決は労基法違反の改善を医療機関に迫ったものだ。

 とはいえ、全体の4分の3の公立病院が赤字となっており、これを支える自治体の財政も逼迫(ひっぱく)している。医師に対して労基法に基づいた超過勤務手当を支払った途端に、経営が成りたたなくなって病院閉鎖という事態になることも避けなければならない。労基法違反がない病院運営を目指すべきだが、これは段階的に改善するのが現実的な道だろう。

 当面の改善策と中長期の課題に分けて考えてみたい。当面の課題は違法状態をどう解消するかだ。現在、当直中に医療行為を行った場合には、宿直手当に加え割増賃金を支払うことになっている。まずは、これを医師の宿日直勤務に確実に適用させる指導を徹底することだ。

 今年度予算で、救急勤務医支援事業として過酷な夜間、休日の救急を担う勤務医への手当に対して財政支援(20億円)を行う仕組みが新設された。こうした財政支援の枠をさらに広げることも重要だ。

 中長期の課題は、医療崩壊の背景にある医師不足の解消だ。医師を増やして夜間の交代勤務制を導入することで医師の負担軽減を図るべきだ。特に産科医の不足は社会問題となっている。結婚や育児などで仕事をしていない女性の産科医が働きやすい環境を整備し、短時間勤務などによって職場に復帰できる制度を急いで整備してもらいたい。

 診療報酬の見直しも大きな課題だ。病院勤務医の報酬を手厚くして過酷な勤務に見合う賃金にし、労働環境を改善することが医療崩壊を防ぐことにもつながる。

(毎日新聞・社説、2009年4月25日)

****** 毎日新聞、奈良、2009年4月24日

産科医割増賃金訴訟:判決「問題突き付けられた」 知事、司法判断に疑問も

 県立奈良病院(奈良市)の産婦人科医2人が宿日直勤務に割増賃金などを求めた民事訴訟で、原告の主張が一部認められたことについて、荒井正吾知事は23日の定例会見で「今まで時間外労働は慣行が先行して法的にはっきりしていなかった。労働基準法の通達と現実が合わず、どう合わせるのかという問題を突きつけられた」と評価した。

 ただ、時間外割増賃金の支払いを命じられたことには「条例で給与や地域手当と計算基礎が決められている。算定基礎は国も同じで、条例で決められたことをいかんと司法が判断できるのか」と疑問を呈した。控訴するかどうかは検討中としている。 【阿部亮介】

(毎日新聞、奈良、2009年4月24日)

****** 読売新聞、長野、2009年4月25日

「当直は時間外労働」判決 県立病院、分娩は「通常勤務」扱い

 産科医の夜間や休日の当直勤務は時間外労働にあたると認めた奈良地裁の判決は、産科医の労働実態の厳しさを改めて浮かび上がらせた。激務に少しでも報いるため、県内の県立病院では、当直勤務時に分娩(ぶんべん)などが入った場合は、通常勤務と見なして超過勤務手当を払うなどの対応をとっている。

 奈良県立奈良病院(奈良市)の産科医2人が当直勤務に割増賃金を支払わないのは労働基準法に違反するとして、県に未払い賃金の支払いを求めた訴訟で、22日の奈良地裁判決は「(当直勤務でも)分娩や新生児の治療など通常業務を行っている」と認定。県に割増賃金の支払いを命じた。

 総合周産期母子医療センターに指定され、県内の産科、小児科医療の拠点となっている県立こども病院(安曇野市)の場合、常勤産科医6人で年間約200件の分娩を扱っている。夜間や休日は、1人が当直勤務につき、もう1人が緊急時に駆けつけられるように自宅で待機する。当直明けも、そのまま通常勤務をこなすケースがほとんどという。

 年間150~160件の分娩を扱う県立木曽病院(木曽町)の常勤産科医は2人だけ。月1、2回の当直をこなすほか、当直時間帯の緊急事態に備えるため、交互に「拘束態勢」をとっている。拘束時は、病院に15分以内に駆けつけられる場所にいなければならず、飲酒もできないが、手当は特にない。小林和人事務部次長は「医師の負担は大きいがどうしようもない」と話す。

 県は、県立病院での夜間(午後5時15分~翌朝8時30分)と休日の当直勤務については、県立奈良病院と同様、労働基準法上の「断続的な労働」にあたるとして、割安な手当(1回2万円)を支給している。だが、当直時間帯に、分娩や帝王切開などの手術を行った場合は、その時点から時間外の通常勤務に入ったと認定。時間帯などによって、2割5分~6割増しの超過勤務手当を支給している。

 今年3月からは、産科医不足に対応するため、時間帯に関係なく出産に立ち会った主治医に2万5000円、補助をした医師にも6000円の分娩手当を支給している。県病院事業局の北原政彦次長は「赤ちゃんは時間を選んで生まれてこない。勤務の厳しさを考えれば待遇面で手当てすることは産科医確保にとっても重要なこと」と話している。

(読売新聞、長野、2009年4月25日)

****** 読売新聞、2009年4月23日

当直医に割増賃金命令、初の司法判断
…奈良地裁

通常業務と認定

 奈良県立奈良病院(奈良市)の産婦人科医2人が、夜間や休日の当直は時間外の過重労働に当たり、割増賃金を払わないのは労働基準法に違反するとして、県に2004、05年分の未払い賃金計約9200万円を請求した訴訟の判決が22日、奈良地裁であった。

 坂倉充信裁判長(一谷好文裁判長代読)は「当直で分娩など通常業務を行っている」と認定し、県に割増賃金計1540万円の支払いを命じた。医師の勤務実態について違法性を指摘した初の司法判断で、産科医らの勤務体系の見直しに影響を与えそうだ。

 同病院産婦人科には当時、医師5人が所属していた。平日の通常勤務以外に夜間(午後5時15分~翌朝8時30分)、休日(午前8時30分~午後5時15分)の当直があり、いずれも1人で担当。労基法上では、待ち時間などが中心の当直は、通常勤務と区別され、割増賃金の対象外とされる。そのため、県は1回2万円の手当だけ支給していた。

 判決で、坂倉裁判長は、勤務実態について「原告らの当直は、約4分の1の時間が、外来救急患者の処置や緊急手術などの通常業務」と認定。待ち時間が中心とは認められないとして、労基法の請求権の時効(2年)にかからない04年10月以降の計248回分を割増賃金の対象とした。

 原告らは、緊急時に備えて自宅待機する「宅直制度」も割増賃金の対象になると主張したが、坂倉裁判長は、宅直については、医師らの自主的な取り決めとして、割増賃金の対象と認めず、請求を退けた。

 奈良県の武末文男健康安全局長は「判決文を詳細に見たうえで、対応を検討したい。厳しい労働環境で頑張っているのは認識している。これまで医師の志に甘えていた」と話している。

医師の当直 夜間や休日の勤務のこと。宿直(夜勤)、日直(休日勤)の総称で、労働基準監督署の基準では、医師の場合、病室の定時巡回など軽度で短時間の業務と定義される。時間外、休日労働の割増賃金ではなく、割安な手当が支給されることが常態化している。

(読売新聞、2009年4月23日)

****** NHKニュース、2009年4月23日

産科医の時間外手当 認める

 奈良県立奈良病院の産婦人科の医師2人が、夜間や休日の当直勤務について、割り増し分の時間外手当が支払われないのは違法だと訴えていた裁判で、奈良地方裁判所は、医師の当直は労働時間に当たるとして、奈良県に対し1500万円余りを支払うよう命じました。医師の当直に時間外の手当を認める判決は初めてだということです。

 この裁判は、奈良県立奈良病院の産婦人科の医師2人が、夜間や休日の当直勤務で出産や緊急の患者の対応に追われているのに、待ち時間の多い仕事という扱いで割り増し分の時間外手当が支払われないのは違法だとして、奈良県に未払いの賃金を支払うよう求めていたものです。奈良地方裁判所の坂倉充信裁判長は、22日の判決で「産婦人科医の夜間・休日の当直では、通常の出産のほか、帝王切開手術など緊急に対応しなければならず、待ち時間の多い勤務とは言えない」として、医師の当直は労働時間に当たると認めました。そのうえで、奈良県に対し、あわせて1500万円余りを支払うよう命じました。判決後の会見で、原告側の藤本卓司弁護士は「産婦人科の過酷な労働が医師不足の背景にあるとされているなかで、深夜・休日の当直勤務を、昼間と同じ労働時間と認めた過去に例のない判決だ」と述べました。奈良県は、おととしの6月から、県立病院の医師が夜間・休日の当直勤務で手術などを行った場合、割り増し分の時間外手当を支給しています。

(NHKニュース、2009年4月23日)

****** 東京新聞、2009年4月24日

周産期指定継続へ 愛育病院 OB雇用 24時間態勢確保

 東京都の総合周産期母子医療センターに指定されている愛育病院(東京都港区)が先月、労働基準監督署から医師の勤務体制の是正勧告を受け、都に指定返上を打診していた問題は、センターを継続することで決着する見通しとなった。愛育病院では、非常勤のOB医師を増やすことにより、緊急治療が必要な妊産婦や新生児の二十四時間態勢での受け入れを可能にした。 

 愛育病院の夜間当直は常勤医と非常勤医が2人一組で担当。当直が可能な常勤医は6人しかおらず、当直は1人平均月6回、時間外勤務は月間約60時間に上っていた。

 労働基準法では、当直などの時間外勤務は労使が協定を結んだ上で、原則月45時間以内と定めているが、同病院は医師側と協定を結んでいなかったため、東京・三田労基署から先月中旬、是正勧告を受けた。

 常勤医の当直勤務を減らすと、2人とも非常勤医による当直が月10日以上になるため、病院は「当直は総合周産期センターの機能に慣れた常勤医が必要」として都にセンターの指定返上を相談。都は「当直は医師が複数いれば問題ない」として継続を要望していた。

 このため病院は、今月17日付で医師側と協定を締結。常勤医の当直は45時間以内になるように月3回程度にする一方、新たに4人のOB医師を非常勤で雇い入れ、常勤医が当直に入れない日にカバーしてもらう。都は近く、都周産期医療協議会に新しい取り組みを報告した上で、指定を継続する。

(東京新聞、2009年4月24日)

****** 東京新聞、2009年4月24日

『現場で経験積みたい』 医師の思い労基署とズレ

 東京都に総合周産期母子医療センターの指定返上を打診し、医療関係者の注目を集めた愛育病院が、都と協議の末、妊産婦と赤ちゃんの“最後の砦(とりで)”を継続する見通しとなった。きっかけは労働基準監督署から医師の“働き過ぎ”を指摘されたことだが、現場の医師からは「医療を実地に学ぶ機会が減り、収入も少なくなる」と不満の声が上がる事態も起きた。【神田要一】

 「産科医は現場で経験を積むことが大事で当直もその一つ。当直が減れば勉強の機会が少なくなる」

 中林正雄病院長は現場の医師の気持ちを代弁した。労基署の是正勧告を受け、今月から常勤医の当直を月三回程度に減らしたところ「大変不評だった」。病院は当直一回につき3万-6万円の手当を支払っており、収入減も不評の一因だった。

 当直明けは午後から休みにするなど、過重な負担にならないように配慮していたため、勤務体制にそれほど不満がなかったという。中林院長は「労基署の勧告通りにやろうとすると、当直は月3回程度しかできず、困るというのが本音」と言う。

 病院は今回、医師側と時間外勤務の協定を結んだ際、規定の月45時間を超えても勤務できるよう特別条項も設けた。ただ、緊急時などに限られ「特別条項があっても従来の体制に戻すわけにもいかない」(大西三善事務部長)と話している。

(東京新聞、2009年4月24日)